『ヴァシーリー・ヴェレシチャーギン作「戦争の結末」(1871年/モスクワ・トレチャコフ美術館)』

1904年4月13日は、従軍をしながら戦争の悲惨さを描き、戦場をテーマに多くの作品を残したロシアの戦争画家、ヴァシーリー・ヴェレシチャーギンが戦没した日である。
そのキャリアの中で、多くの死体をその写実的な筆致で描いていることでも知られているヴェレシチャーギンでったが、一見してその作品が死体だらけであるために、国威高揚のプロパガンダに使用されたというケースもあった。
しかしその実、作家の意志としては、終生平和主義のメッセージを掲げての活動であり、戦争の虚しさと悲しみを数多くの作品で語った人物であった。
1904年に始まった日露戦争の際にも、61歳の老体ながら戦艦ペトロパヴロフスクに乗り込んだが、日本軍の機雷により沈没。
平和を描くために戦場に向かい続けたい画家の最期が、戦争の真っただ中であったことは悲劇的としか言いようがないが、その最後のスケッチが損傷なく海面に浮かんでいるところを拾われたということは、せめてもの救いといえるだろう。

(画像はWikipediaヴァシーリー・ヴェレシチャーギンより。Public Domain)

4月13日の不幸

1179年
【火災】「治承の大火」

平安京内で30数町が全焼したという大火事。「次郎焼亡」ともいわれる。

1668年
【殺人事件】「宇都宮興禅寺刃傷事件」

宇都宮藩主奥平忠昌の没後法要の際に遅れてきた奥平内蔵允を奥平隼人が斬りつけた事件。従兄弟同士の争いでありながら片方のみが罰せられたため、奥平内蔵允の家臣が後に隼人を仇討ちすることに繋がる(浄瑠璃坂の仇討ち)。

1695年
【死去】ラ・フォンテーヌ(Jean de La Fontaine)【詩人/フランス】

17世紀の大詩人。「全ての道はローマに通ず」等多くの格言で知られる。没年73歳。

1741年
【死去】近衛熙子【武家の妻】

江戸幕府第6代将軍徳川家宣の妻(正室)。家宣の死後、出家し、天英院を名乗り大奥で権勢をふるった。7代将軍家継が早世した後に、紀州藩主であった吉宗を8代将軍として迎え入れたのは彼女の指名によるものといわれている。76歳没。

1794年
【処刑】リュシル・デュプレシ(Anne-Lucile-Philippe Desmoulins)【カミーユ・デムーランの妻/フランス】

ジャーナリスト、カミーユ・デムーランの妻。「フランス革命」時に活躍した夫が逮捕・処刑された2週間後にギロチンで処刑された。怯えていた夫に比して堂々としたその死に様は語り継がれている。

1844年
【死去】間宮林蔵【探検家】

蝦夷地の測量により、樺太が島であることを発見した。隠密行動の名人としても知られる。64歳没。

1874年
【処刑】江藤新平【政治家】

幕末から明治政府成立にかけて活躍した佐賀藩の志士。初代司法卿も務めたが1873年の「佐賀の乱」を企て、政府軍に敗北。さらし首の刑に処される。没年40歳。

1904年
【戦死】ヴァシーリー・ヴェレシチャーギン(Vasily Vasilyevich Vereshchagin)【画家/ロシア】

従軍をしながら戦争の悲惨さを描き、戦場をテーマに多くの作品を残した戦争画家。日露戦争の際に戦艦ペトロパヴロフスクに乗り込んだが、日本軍の機雷により沈没。没年61歳。

1912年
【夭折】石川啄木【俳人・歌人】

歌集『一握の砂』等の著作で知られ20世紀初頭を代表する歌人。肺結核のため死去。没年26歳。

1919年
【大量虐殺】「アムリットサルの虐殺」

イギリス占領下のインド・アムリットサルで、指導者の逮捕に抗議する民衆に向けイギリス軍が発砲。逃げまどうインド民衆を虐殺し続け、少なくとも379人、多くて1,600人もの死者を出したとされている。

1929年
【死去】後藤新平【政治家】

台湾総督府民政長官、満州鉄道初代総裁、内務大臣、外務大臣、内閣鉄道院総裁等様々な要職を歴任。岡山に向かう途中の列車内で脳溢血に倒れ、京都の病院に入院。そのまま71歳で亡くなった。

1943年
【虐殺】「カティンの森事件」

第二次世界大戦中に起きたソ連NKVD(内部人民委員部)による22,000人ともいわれる捕虜の大量虐殺。4月13日の世界各国の新聞の報道を受け、ドイツのベルリン放送が発表した。1990年同日にソ連のゴルバチョフ大統領がこの犯行がソ連の秘密警察によるものだったと認めた上で謝罪した。

1943年
【死去】山田安民【実業家】

ロート製薬創業者。ロート目薬の大ヒットで知られる。没年75歳。

1948年
【大量虐殺】「ハダサー医療従事者虐殺事件」

アラブ系ゲリラによるヘブライ大学の医療スタッフの襲撃事件。非武装のユダヤ人医療関係者一行が10台の車でエルサレム・スコプス山のヘブライ大学ハダサー病院に向かう途中で地雷が爆発。そこへ一斉射撃が行なわれ、ハダサー病院の院長ハイム・ヤスキー博士含む77人が死亡。「第一次中東戦争」の間に発生し、イスラエル建国宣言の約1カ月前であった「デイル・ヤシーン事件」のに続いて発生した事件であるため、その報復ともみられている。

1970年
【宇宙事故】「アポロ13号酸素タンク爆発」

発射後2日で酸素タンクが爆発。月面着陸を断念し、無事生還した。

1973年
【死去】ヘンリー・ダーガー(Henry Darger)【作家・芸術家/アメリカ合衆国】

19歳の頃から死の直前まで書かれた代表作『非現実の王国で』で知られるアウトサイダー・アートの大家。病気のためアパートを離れることになった際に大屋でありアーティストであったネイサン・ラーナーによって作品が見出された。81歳没。

1975年
【解散】「キャロル解散」

戦後日本を代表するロックバンドの「キャロル」がこの日を最後に解散。日比谷野外音楽堂の解散ライブに定員の2倍近い7,000人が集まった。

1991年
【医療事件】【安楽死】「東海大学安楽死事件」

日本唯一の医師の手による安楽死事件。末期ガン患者の妻、長男の希望に応え担当助手が塩化カリウムを投与し死に至らせた。後の裁判により助手の有罪が確定。

1997年
【死去】西田修平【陸上競技選手】

ベルリンオリンピック(1936年)、ロサンゼルス・オリンピック(1932年)で銀メダルを獲得した棒高跳びの選手。心不全のため87歳没。

1999年
【死去】曽我廼家明蝶【俳優】

松竹新喜劇の立ち上げに参加。1978年の人気テレビドラマ『白い巨塔』では主人公の義父・財前又一役を演じた。呼吸器不全で死去。没年90歳。

1999年
【死去】清川正二【競泳選手・実業家】

ロサンゼルス・オリンピック(1932年)の100メートル背泳ぎで金メダル、ベルリン・オリンピック(1936年)では銅メダルを獲得した世界的競泳選手。引退後は兼松商店(現兼松)に入社し社長にまで登り詰め実業家としても成功。1979年には日本人で初めて国際オリンピック委員会(IOC)副会長に就任し、後進の育成に努めた。膵臓ガンで死去。没年86歳。

2005年
【死去】江頭匡一【実業家】

ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」をチェーン展開するロイヤルホールディングス社の創業者。肺炎のため死去。没年82歳。

2005年
【死去】ドン・ブラッシンゲーム(ブレイザー/Don Lee Blasingame”Blazer”)【プロ野球選手・指導者/アメリカ合衆国】

セントルイス・カージナルスで小柄な二塁手として活躍したメジャー・リーガー。その後南海ホークスに入団し、野村克也監督時代にはコーチも務めた。その考える野球は野村を始め多くの日本人指導者に影響を与え、自身も阪神タイガースで初の外国人監督として指導にあたった。没年73歳。

2005年
【死去】福士敬章【プロ野球選手・実業家】

読売ジャイアンツ、南海ホークス、広島カープと渡り歩いた投手。在日韓国人であり、広島時代には松原明夫の登録名だったのが福士明夫になり、最終的には福士敬章となった。広島退団後は本名の張明夫で韓国プロ野球に参加、大活躍をしたが、引退後の1991年に麻薬所持で逮捕、韓国球界を追われた。その後は日本の和歌山県で麻雀店を経営、徹夜麻雀で体調不良を訴え、そのまま死亡した。54歳没。

2009年
【急死】ハリー・カラス(”Harry” Kalas)【アナウンサー/アメリカ合衆国】

メジャースポーツ中継のアナウンサー。フィラデルフィア・フィリーズの専属アナウンサーを長期にわたって務めた。ワシントン・ナショナルズの開幕戦(対フィリーズ)を中継する寸前の記者席で倒れ、心臓発作で息を引き取った。没年73歳。

2009年
【事故死】マーク・フィドリッチ(Mark Steven Fidrych)【プロ野球選手/アメリカ合衆国】

メジャーリーグベースボールのデトロイト・タイガースで活躍し、通算29勝を挙げたピッチャー。自らの農場で10輪トラックに巻き込まれて死亡。没年54歳。

2009年
【事故死】小松則幸【プロボクサー】

第29代&第34代OPBF東洋太平洋フライ級王者。亀田大毅との試合直前に滋賀県大津の滝壺で溺死。足を滑らせての事故とみられている。没年29歳。

2012年
【核実験】「北朝鮮ミサイル発射事件」

人工衛星を搭載したロケット光明星3号が打ち上げられたが、なんらかの不具合で衛星軌道の投入に失敗。北朝鮮側は人工衛星と説明したが、実質は大陸間弾道ミサイルだったと目されている。

2013年
【自然災害】【地震】「淡路島地震」

午前5時33分に淡路島付近を震源とするマグニチュード6.0の地震が発生。淡路市で震度6弱を観測する。

2015年
【死去】ギュンター・グラス(Günter Grass)【小説家/ドイツ】

代表作に『ブリキの太鼓』等。1999年にノーベル文学賞を受賞。

2017年
【焼死】塩山紀生【アニメーター・イラストレーター】

「はてなプロ」、「OH!プロダクション」を経て多くのサンライズ作品の作画監督を務めた人物。代表作に『装甲騎兵ボトムズ』『鎧伝サムライトルーパー』等。2017年4月13日未明に埼玉県三郷市の団地で火事が発生し、そこに住んでいた塩山が妻とともに焼死体となって発見された。没年77歳。