『炎上するブランチ・ダビディアンの教団本部・マウント・カルメル・センターと爆発されたオクラホマシティ連邦政府ビル(写真右)』

1993年4月19日は、武装したプロテスタント系のカルト教団「ブランチ・ダビディアン」の教団本部にFBIが強行突破し、76人もの教団員が死亡した日である。教祖のデヴィッド・コレシュは教団員のみが救われるという終末思想を布教し、多くの信者を獲得し、テキサス州のウェーコに教団本部であるマウント・カルメル・センターを建築、武装化した信者とともに生活していた。
そのことを重くみたFBIが1993年2月28日に強制捜査をしたところ、教団側は徹底抗戦。
銃撃戦となり、捜査官4人と教団員6人の死亡者を出し、そのまま「ウェーコ包囲戦」と呼ばれるFBIの包囲網が敷かれた。
そして51日が経過した4月19日に、FBIが強行突入を敢行。
コレシュを含む78人の教団員が死亡し、残りのものは身柄を拘束されることとなった。
後に78人の犠牲者の大半は自殺者であったことが判明、さらには4月14日にコレシュが司法長官に送った「刑務所内で布教活動を許可してくれれば投降する」という手紙をFBIが握りつぶしていたことが明らかになり、FBIの解決法の強引さを責める世論も発生した。
そして2年後、その火種はさらに大きな炎となって、オクラホマシティーに降りかかったのである。
元陸軍兵士のティモシー・マクベイとその元同僚らが、車爆弾でオクラホマシティ連邦政府ビルを爆破。
死者168人と負傷者600人以上を出すという2001年9月11日の「同時多発テロ」が発生するまででアメリカ史上最悪の大量殺人事件となったのである。
そしてその主謀者であった退役軍人のマクベイは、2年前の「ウェーコ包囲戦」の結果をアメリカ政府の横暴と見なし、その復讐戦としてこの4月19日を選択したと語ったのだった。
この大惨劇を重くみたアメリカ政府は2001年6月11日に行なわれたマクベイの薬物による死刑を被害者に公開し、今後の安全を保証したが、その3カ月後にあの同時爆発テロが発生するのである。
アメリカ政府が下したカルト教団への強硬なまでの決断がその後に続く悲劇の連鎖を産んだ日として、4月19日は決して忘れられない日となっているのである。

(写真はWikipedia Waco siege、Oklahoma City bombingよりともにPublic Domain)

4月19日の不幸

1054年
【死去】レオ9世(Leo IX)【ローマ教皇/イタリア】

11世紀イタリアで第152代ローマ教皇(1049年〜1054年)となった人物。1026年、神聖ローマ皇帝コンラート2世からフランス・トゥールの司教に任じられる。1049年、ローマ教皇に即位。即位後は教会改革や東西教会の分裂問題に着手。1053年、イタリア半島南部のノルマン人との戦いで捕虜となり、マラリアに罹患。翌1054年4月19日、同病により死去。没年51歳。レオ9世の死後、東西教会は分裂することとなった。

1578年
【死去】上杉謙信【戦国武将】

戦神と呼ばれるほどの戦上手として恐れられた越後の名将。武田信玄との川中島の戦いを始め、多くの戦で引き分け以上の戦果を残した。生涯妻を娶らなかったために、今も半陰陽、もしくは女性だったなど様々な憶測を呼ぶ。子供は全て養子。死因も諸説有り、脳血管障害で死去と言われているが、刺殺されたとされる説から毒殺説までがある。没年48歳。

1824年
【戦死】ジョージ・ゴードン・バイロン(George Gordon Byron)【詩人/イギリス】

19世紀イギリスで活躍したロマン主義派の詩人。男爵の家に生まれ、1798年に第6代バイロン男爵へ。1807年、詩集『懶惰(らんだ)の日々』を出版。1809年、諷刺詩『イギリス詩人とスコットランド批評家』を発表。1812年、エッセイ『チャイルド・ハロルドの巡礼』を出版。私生活では退廃した日々を送り、代表作となる長編叙事詩『ドン・ジュアン』を発表。1823年「ギリシャ独立戦争」へ参加。1824年4月19日、戦地で熱病に罹り死去。没年36歳。

1881年
【急死】ベンジャミン・ディズレーリ(Benjamin Disraeli)【政治家・小説家/イギリス】

19世紀イギリスの政治家および小説家で首相(1868年2月〜12月・1874年〜1880年)となった人物。作家の家に生まれ、1826年に小説『ヴィヴィアン・グレイ』を刊行。執筆生活を続けながら庶民院議員選挙に出馬し続け、1837年に初当選。保守党となり党内反執行部小グループ「ヤング・イングランド」を結成。1851年、保守党庶民院院内総務に就任。翌年、保守党党首ダービー伯爵内閣の下で大蔵大臣に就任。1868年、首相に就任。1870年、小説『ロゼアー』を刊行しベストセラーとなる。1874年、再び首相に就任。1876年、ヴィクトリア女王からビーコンズフィールド伯爵の爵位を授与される。1878年の「露土戦争」後、地中海におけるイギリス覇権を確立。1879年「第二次アフガニスタン戦争」を開始し勝利。1880年、首相を退任し、小説『エンディミオン』を刊行。1881年4月19日、気管支炎により急死。没年76歳。

1882年
【死去】チャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin)【地質学者・生物学/イギリス】

1859年に発表した『種の起源』で全世界を騒然とさせた進化論の提唱者。心不全で73歳没。

1889年
【死去】ダフネ・デュ・モーリア(Dame Daphne du Maurier)【小説家/イギリス】

代表作『レベッカ』『鳥』。後にヒッチコックにより映画化された。夫との間に2人の娘と息子がいたが、死後バイセクシャルであったという噂が流れた。没年81歳。

1946年
【獄中死】【自殺】安藤利吉【軍人】

20世紀の陸軍軍人で第19代台湾総督となった人物。陸軍大学校を卒業後、イギリス大使館付武官に従事。その後、1940年に南支那方面軍司令官を経て、翌1941年に参謀本部付として予備役に編入。同年、台湾軍司令官に就任。「第二次世界大戦」時の1944年、陸軍大将、第10方面軍司令官を経て台湾総督に就任。大戦終了後、中華民国政府に拘束され、1946年4月19日、獄中で服毒し自殺。没年62歳。

1957年
【強姦殺人】【薬物問題】「文京区小2女児殺害事件」

1954年4月19日、文京区立元町小学校で校内のトイレに向かった小学2年生の細田鏡子ちゃん(当時7歳)が、学校に侵入していた覚醒剤中毒者・坂巻脩吉(当時20歳)により、強姦され絞殺された事件。同月29日、坂巻は逮捕され死刑が確定。その後、1957年に死刑執行となった。

1976年
【死去】ウルリッヒ・サルコウ(Karl Emil Julius Ulrich Salchow)【フィギュアスケート選手/スウェーデン】

20世紀初頭に金メダリストとなったスウェーデンのフィギュアスケート選手で『サルコウジャンプ』の考案者として知られる人物。1908年、フィギュアスケートが種目として採用された初の「ロンドンオリンピック」で金メダルを獲得、初代オリンピックチャンピオンへ。1901年〜1905年、1907年〜1911年に出場した世界フィギュアスケート選手権で2度の5連覇計10回の優勝を果たしている。1949年4月19日、死去。没年71歳。1976年、世界フィギュアスケート殿堂入り。

1983年
【死去】中原淳一【挿絵画家・デザイナー・編集者】

美少女絵で人気を博したイラストレーター。雑誌『それいゆ』『ひまわり』を創刊、日本女性のためのスタイルを追求した。没年70歳。

1983年
【航空事故】「菅島事故」

1983年4月19日、三重県鳥羽市沖の菅島で、小牧基地から入間基地へ向かっていた、航空自衛隊小牧基地所属・C-1輸送機2機が悪天候によるコースミスで相次いで墜落した事故。この事故により2機に搭乗していた自衛隊員合わせて14人全員が死亡。

1989年
【海難事故】「戦艦アイオワ砲塔爆発事故」

1989年4月19日、カリブ海・プエルトリコ沖でアメリカ海軍の戦艦アイオワ(BB-61)の2番砲塔内で爆発事故が発生し、乗組員47人が死亡。当初は死亡した乗組員クレイトン・ハートウィッグが同じく乗組員であったケンドール・トリットとの同性の恋愛関係のもつれから意図的に爆発させたと報じられたが、最終的な事故原因はわかっていない。

1993年
【宗教事件】【集団自殺】「ウェーコ包囲戦」

テキサス州のウェーコに教団本部があったプロテスタント系の武装カルト教団「ブランチ・ダビディアン」を1993年2月28日の強制捜査以降包囲していたFBIが、51日目の4月19日に強行突入を敢行。教祖のデヴィッド・コレシュを含む78人の教団員(児童含む)が死亡し、残りの9人は身柄を拘束されることとなった。78人の犠牲者の大半は銃撃戦の末自殺したコレシュへの後追いであったことが判明、さらには4月14日にコレシュが司法長官に送った「刑務所内で布教活動を許可してくれれば投降する」という手紙をFBIが握りつぶしていたことが明らかになり、FBIの解決法の強引さを責める世論も発生した。2年後の同日に起きた大規模テロ「オクラホマシティー連邦政府ビル爆破事件」の原因になったことでも知られている。

1995年
【テロ】【大量殺人】「オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件」

元陸軍兵士のティモシー・マクベイとその元同僚テリー・ニコルズ、マイケル・フォティアら、車爆弾で米オクラホマシティのオクラホマシティ連邦政府ビル(アルフレッド・ミューラービル)を爆破。死者168人と負傷者600人以上を出すという2001年の同時多発テロが発生するまででアメリカ史上最悪の大量殺人事件となった。逮捕後、犯人のマクベイは、2年前の「ウェーコ包囲戦」の結果をアメリカ政府の横暴と見なし、その復讐戦としてこの4月19日を選択したと語った。この大惨事を重くみたアメリカ政府は2001年6月11日に行なわれたマクベイの薬物による死刑を被害者に公開し、今後の安全を保証した。

1995年
【テロ】「横浜駅異臭事件」

1995年4月19日、神奈川県横浜市西区のJR横浜駅・東西自由通路西口付近で異臭が発生、この事件によりおよそ668人が負傷した事件。事件当初、「地下鉄サリン事件」から間もなかったため、オウム真理教による犯行が疑われたが、犯人は同年7月に逮捕された無職の男性(当時31歳)で単独犯行であったことが判明している。

1999年
【自殺】二代目桂枝雀【落語家】

3代目桂米朝門下に入門し、10代目桂小米に。結婚後の30代で鬱病に悩むも、その後回復し1973年に2代目桂枝雀を襲名。上方落語会の一大看板として、その人気は「東の志ん朝、西の枝雀」と呼ばれるほどだった。しかし晩年鬱病が再発し、1999年3月13日に首吊り自殺。そのまま意識が回復することはなく4月19日に心不全で死亡。没年59歳。

2006年
【事故死】アルバート・スコット・クロスフィールド(Albert Scott Crossfield)【軍人/アメリカ合衆国】

アメリカ空軍のパイロット。1959年にX-15に乗り込み、テスト飛行でマッハ2.53を記録。人類初のマッハ2で飛行した人物。80歳を超えても現役のパイロットだったが、2006年4月19日にセスナを操縦中に雷雨で墜落事故。没年84歳。

2015年
【急死】西本裕行【俳優・声優】

代表作はアニメ『ムーミン』のスナフキン役。急性大動脈乖離で88歳没。