『山車に乗るサイババ』(1946年12月31日撮影)

2011年4月24日は、インドが生んだ“聖人”、霊的指導者のサティヤ・サイババが死亡した日である。
「サイ」とはペルシャ語で「聖人」、「ババ」とはインド語で「父」、合わせて《聖なる父》という名をを持つサイババは、かつての聖人、シルディ・サイババの生まれ変わりとして、14歳からその名をを名乗り、以降、聖なる砂《ビブーティー》を手から出す等の《奇跡》を披露し、インドのみならず、世界中に信奉者を増やした。
1990年代より、主にイギリスのメディアがサイババへの批判的なキャンペーン報道を展開し日本でもその影響でその聖性が失墜したが、インド政府及び当時の首相は絶対的にサイババを擁護し、その後も依然として絶大なカリスマ性と影響力をインド国内では誇り続けた。
2011年4月24日に死亡した際も当時のインド首相、マンモハン・シンが声明を発表。
葬儀はマザー・テレサ以来の国葬として行なわれたということからもわかるように、サイババは、紛れもない《インドの象徴》だった。

(写真はWikipedia サイババより。Public Domain)

4月24日の不幸

1771年
【自然災害】「八重山地震発生」

1771年4月24日、八重山列島近海で発生した推定マグニチュード7.4〜8.7の地震。この地震で引き起こされた津波により宮古・八重山両列島でおよそ12,000人が死亡・行方不明となった。

1915年
【大量殺人】【社会事件】【ジェノサイド】「青年トルコ革命(ジェノサイド追悼記念日)」

1915年4月24日、オスマン帝国コンスタンティノープル(現・イスタンブール)でアルメニア人の独立活動家およそ250人が殺害された事件。

1942年
【自殺】L・M・モンゴメリ(Lucy Maud Montgomery)【小説家/カナダ】

『赤毛のアン』シリーズで知られる20世紀カナダを代表する小説家。1890年、エッセイなどが新聞に掲載されたことで作家を志す。1894年に一級教員資格を取得後、教師として従事。1898年、郵便局長であった祖父が死去したため同職を引き継ぐ。1908年、初の長編小説『赤毛のアン』を出版、同作は世界的ベストセラーとなりシリーズ化されることに。1935年、大英帝国勲位授与。1942年4月24日、『アンの想い出の日々』を書き上げた直後、薬物の過剰摂取により死去。没年67歳。うつ病であった夫の介護により自身も精神を患っていたことがわかっている。

1967年
【事故死】ウラジーミル・コマロフ(Vladimir Mikhaylovich Komarov)【宇宙飛行士/ソ連】

1967年4月23日に発射されたソ連の有人宇宙船「ソユーズ1号」の乗組員。電力トラブルなどにより、即刻緊急帰還したが、パラシュート装置の不具合により地面に叩きつけられ即死。人類初となる”宇宙飛行士の墜落事故死”となった。宇宙分野での主導権を握るためにを発射を急いだソ連政府の問題だったとも言われており、コマロフも失敗を予期しながらも自ら進んで人柱となったと言われている。没年40歳。

1974年
【国際事件】「ギヨーム事件」

1974年4月24日、ドイツ・ボンで西ドイツ首相ヴィリー・ブラントの秘書として諜報活動を行なっていたギュンター・ギヨームと妻・クリステルが東ドイツ情報機関のスパイとして逮捕された事件。事件後、ブラント首相は辞任、ギヨームは国家反逆罪により懲役13年、クリステルは同罪で懲役8年の刑に処された。

1979年
【軍事事件】「イランアメリカ大使館人質事件(イーグルクロー作戦)」

1979年11月にイランのアメリカ大使館でイスラム法学校学生らが大使館員とその家族ら53人を人質に立てこもる事件が発生。1980年4月24日から同月25日にかけてアメリカは初のデルタフォースを投入した救出作戦『イーグルクロー作戦』を決行するもヘリコプターのトラブルにより失敗。

1991年
【死去】林正之助【興行師・芸能プロモーター・実業家】

吉本興業元会長兼社長で知られる興行師、芸能プロモーターおよび実業家。1917年、義理の兄・吉本吉兵衛が立ち上げた吉本興行部へ入社。1948年、同社が株式会社に改編、同年初代社長に就任。1950年、初代会長であった姉・吉本せいが死去したため、会長も兼務。1963年、糖尿病などの疾患により社長を引退し弟・林弘高へ譲る。1970年、弘高が脳梗塞で半身不随となると再び社長へ復帰。1973年、社長を引退するも1986年に社長へ復帰。1991年4月24日、心不全のため死去。没年92歳。

1997年
【死去】ダニエル・ホワイト(Daniel White)【作曲家・ジャズピアニスト/フランス】

主に映画音楽で活躍した20世紀フランスの作曲家およびジャズピアニスト。「第二次世界大戦」後、ナイトクラブなどのジャズピアニストとして活躍。1947年に映画音楽の編曲・録音に携わり、1950年代から映画音楽作曲家として活動を開始。『Sursis pour un vivant』(1959年)、『悲しい奴』(1962年)、『吸血処女イレーナ 鮮血のエクスタシー』(1973年)といった映画音楽の他、テレビドラマ『ベルとセバスチャン』の主題歌『Belle』『L’oiseau』なども担当。その後、フランスの映画会社ユーロシネの作曲家として活躍を続け、1997年4月24日に死去。没年85歳。

2005年
【殺人事件】村井秀夫【宗教家】

科学技術大臣を務めたオウム真理教幹部のナンバー2的存在。青山にあったオウム真理教東京総本部前で、大勢の報道陣の衆人環視の中、在日朝鮮人の暴力団関係者・徐裕行に刺殺され、翌24日未明に死亡した。死の直前に「ユダにやられた」と言い残したと上祐史浩が会見したため、教団の自作自演説が世間を賑わせた。没年36歳。

2011年
【死去】サティヤ・サイババ(Sathya Sai Baba)【霊能者/インド】

シルディ・サイババの生まれ変わりとして14歳からサイババを名乗る。聖なる砂《ビブーティー》を手から出す奇跡でインドのみならず、世界中に信奉者を増やした。インド政府及び首相は絶対的にサイババを擁護。絶大なカリスマ性をインド国内では誇り続けた。死亡した際も当時のインド首相マンモハン・シンが声明を発表。葬儀はマザー・テレサ以来の国葬として行なわれた。死因は呼吸器系の疾患。没年85歳。

2012年
【死去】土田世紀【漫画家】

代表作に『編集王』『同じ月を見ている』等。『夜回り先生』を執筆中に肝硬変で死亡。43歳没。

2018年
【死去】森田童子【シンガーソングライター】

1970年代から1980年代初頭に活躍したカルト的人気を博したシンガーソングライターで、メディア露出もなく、プライベートも不明な人物。1973年、西荻窪ロフトでライブハウスデビューし、1975年にポリドールからシングルレコード『さよならぼくのともだち』でデビュー。1980年にワーナー・パイオニアへ移籍。ライブハウスを中心に活動し、1983年、アルバム『狼少年 wolf boy』を発表後、引退を表明。その後、イラストレーターであった前田亜土と結婚。1993年、『ぼくたちの失敗』(1976年)がドラマ『高校教師』の主題歌となり大ヒット。2003年、同ドラマの新作放送に伴い『ひとり遊び』を新規に歌唱・録音。以降活動はせず、2018年4月24日に心不全のため死去。没年65歳。