『カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ作「樫の木の中の修道院」』(1809ー1810年)

1840年5月7日は、ドイツロマン主義を代表する画家であるカスパー・ダーヴィト・フリードリヒが死亡した日である。
スウェーデン領ドイツ最北端のグライフスヴァルトに生まれ、ドレスデンで活躍した人物であるが、その画風は厳しく寂寥とした風景を題材にしたものが多く、代表作『氷の海』のように、《死》そのものをテーマにしたものも多かった。
この『樫の木の中の修道院』も、戦争で焼け落ちた修道院に集まる人々を描いた暗く美しい作品であるが、その後21世紀にまで続くホラーやダークファンタジーの世界観を19世紀初めにして既に確立している。
一説には13歳の頃に目の前で実弟が事故死してしまったことを常に自ら咎めながら生きていたとされているが(自らも自殺未遂を起こししている)、その瞬間から、そんな悲劇を美しく捉える目、そして描く才能が、備わってしまったのかもしれない。

(写真はWikipedia Caspar David Friedrichより使用。Public DOmain)

5月7日の不幸

1825年
【死去】アントニオ・サリエリ(Antonio Salieri)【作曲家/ヴェネツィア】

18世紀から19世紀にかけて活躍したヴェネツィアの作曲家で、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、フランツ・シューベルトなどを育てたことでも知られる人物。幼少の頃から音楽教育を受け、1774年に皇帝ヨーゼフ2世から宮廷作曲家に任命される。以後、宮廷作曲家として活躍し『ダナオスの娘たち(Danaides)』(1784年)『タラール(Tarare)』(1787年)などを作曲。1788年、宮廷楽長に就任。1817年、ウィーン楽友協会音楽院の指導者に就任。1825年5月7日、認知症により死去。没年74歳。

1932年
【暗殺】ポール・ドゥメール(Joseph Athanase Gaston Paul Doumer)【政治家/フランス】

第14代フランス共和国大統領。5月6日、パリのホテル(オテル・サロモン・ド・ロチルド)で開催されていたブックフェアで、ロシア移民のポール・ゴルグロフにより銃殺された。数発の弾丸のうち2発が頭部と右脇に被弾。パリの病院に運び込まれたが翌7日に死去。

1949年
【テロ】【航空事故】「フィリピン航空ダグラスDC-3空中爆発」

1949年5月7日、ダエト・マニラ間を飛行中のフィリピン航空ダグラスDC-3が時限爆弾により空中爆発し墜落した事件。この事件により乗員乗客あわせて13人全員が死亡。犯人は生命保険金目的で時限爆弾をしかけたとされている。

1949年
【テロ】【航空事故】「カナディアン航空機爆破事件」

1949年5月7日、カナダ太平洋航空DC-3がカナダ・ケベック州セント・ヨアヒム近郊のセントローレンス川上空で機内に仕掛けられた時限爆弾によって爆破された事件。この爆破により乗員乗客合わせた23人全員が死亡。犯人は宝石商のアルベール・ガイで三角関係の解消と生命保険金詐取を目論み、妻が搭乗した旅客機を爆破したと供述。また、爆弾を仕掛けたマルグリート・ピトレ、爆弾を製造した時計職人のジェネーロ・リュエスの姉弟も逮捕された。その後、3人は処刑されている。

1955年
【大量殺人】「『帝銀事件』平沢貞通被告死刑確定」

「帝銀事件」の主犯、平沢貞道の死刑判決への異議申立を最高裁が棄却、平沢の死刑判決が確定した(ちなみに施行される前に死去)。

1964年
【自殺】【放火】【航空事故】「パシフィック航空773便墜落事件」

1964年5月7日、パシフィック航空773便(フェアチャイルドF-27A)が、 カリフォルニア州・オークランド上空を飛行中に墜落した事件。墜落は倉庫作業員で自殺願望のあった乗客フランシスコ・ポーラ・ゴンザレスによって機長と副操縦士が射殺されたためであった。この事件によりゴンザレスを含む、乗員乗客44人全員が死亡。

2002年

【自殺】【放火】【航空事故】「中国北方航空6136便放火墜落事件」

2002年5月7日、北京から大連へ向かう中国北方航空6136便(マクドネル・ダグラスMD-82)が火災により大連周水子国際空港東の海上に墜落した事件。この事件により乗客乗員112人全員が死亡。火災の原因は乗客のジャン・ユーリン(当時37歳)が可燃性の液体をペットボトルに入れ機内に持ち込み放火したため発生。ジャンは債務清算のため多額の生命保険を自身にかけ自殺したとされている。

2002年

【航空事故】「エジプト航空便843墜落事故」

2002年5月7日、カイロ国際空港からチュニス・カルタゴ国際空港へ向かっていた エジプト航空843便(ボーイング737-566)が、着陸進入中に空港近くの丘へ墜落した事故。この事故により乗員乗客62人の内14人が死亡、28人が負傷。事故は悪天候の中、着陸進入中に車輪が出なくなったことが原因であった。

2002年
【死去】宮本征勝【サッカー選手・指導者】

現役時代は1968年メキシコオリンピック代表の銅メダル獲得にも貢献したディフェンダー。監督としては鹿島アントラーズ、清水エスパルスを率いた。肺炎のため63歳没。

2006年
【死去】曽我町子【女優・声優】

アニメ『オバケのQ太郎』初代Q太郎の声優を務め、特撮戦隊ものの悪の女王役で活躍した(『電子戦隊デンジマン』『太陽戦隊サンバルカン』等)。自宅マンションで死んでいるところを発見された。死因は膵臓ガン。68歳没。

2006年
【大量殺人】「山形一家3人殺傷事件」

山形県飯豊町在住の会社員伊藤嘉信(24)が近隣のカメラ店経営の一家3人(父、母、長男)を惨殺しようとした事件。母親は脳挫傷で命を取り留めたが、父親と長男は死亡。幼少期に性的いたずらを受けたと長男の結婚が許せなかったいうのが伊藤被告の動機だった。

2007年
【交通事故死】【夭折】ディエゴ・コラレス(Diego “Chico” Corrales)【プロボクサー/アメリカ合衆国】

デビュー以来無敗のままIBF世界スーパーフェザー級王座を獲得し、ライト級に転向後もWBC・WBO統一世界ライト級王者に輝いた伝説的な天才ボクサー。サウスカロライナ州コロンビアで送った幼少期は13歳で地元のギャング団に所属し、親友が間近で銃殺された経験もあるという少年期を送っていたが、1996年にプロデビューをするとその長いリーチを活かした攻撃的なファイトスタイルでKOの山を築き、29戦目のロベルト・ガルシア戦で若くして世界王者を獲得。その後もスーパーフェザー級で3団体、ライト級で2団体の世界チャンピオンに輝いた。しかしその私生活は成功とはほど遠い荒廃したもので、世界王座獲得後の2007年には妊娠中の妻への暴行罪で逮捕され、14カ月もの長い間を刑務所に収監されるというプロスポーツ選手としては致命的な失態を犯している。釈放後にライト級に転向し2団体統一の世界王者に輝いたものの、2007年5月7日の夜、ラスベガスでオートバイを飲酒運転中に、前方の車を追い越そうとして3台を巻き込む衝突事故を起こし死亡。没年29歳。その死体からは検出された血中アルコール濃度はネバダ州の法定制限の3倍以上にあたる0.25パーセントだった。生涯成績45戦40勝(33KO)5敗。

2008年
【誘拐】「イエメン日本人観光客誘拐事件」

イエメンのマアリブで、車で観光中の日本人の観光客グループが、銃を突きつけられ、女性2名が誘拐されたが8時間弱で無事解放。

2008年
【殺人事件】【未解決事件】「舞鶴女子高生殺害事件」2008年5月6日の夜10時頃にに出かけた、舞鶴市在住の当時15歳の女子高生・小杉美穂さん(当時15歳)が、深夜1時頃の友人への電話連絡を最後に消息を絶ち、翌日朝に雑木林で遺体として発見された事件。死因は失血死。バールのようなもので頭部を殴って殺害し、土や枯れ葉で隠していた。防犯カメラに映っていた男として、8月には近所に住む男性が逮捕されたが、決定的な物証は出てこず、2012年12月に無罪が確定した。
2011年

【航空事故】「メルパチ・ヌサンタラ航空8968便墜落事故」

2011年5月7日、西パプア州ソロン空港から同カイマナ空港へ向かう途中のメルパチ・ヌサンタラ航空8968便(Xian MA60)がカイマナ空港沖で墜落した事故。この事故により乗員乗客25人全員が死亡。事故原因はパイロットの操縦ミスによるものであった。