『テレサ・テン来日2作目のシングル「空港」のジャケット』

1995年5月8日は、生まれ故郷の台湾、そして活動拠点であった日本だけにとどまらずアジア全域で絶大な人気を誇った世界的歌手、テレサ・テンが死亡した日である。
中国本土に生まれ、幼少時に移住した台湾で天才少女として注目を浴びて14歳でデビュー。
台湾、中国のみならずシンガポールやタイ、マレーシアなどでも次々とヒットを飛ばし、瞬く間にアジア全土の歌姫になった。
1974年に21歳で来日し、写真の2枚目のシングル曲『空港』から演歌路線に転向し、人気を博していたが1979年に旅券法違反で国外退去処分に。
その後1984年に再来日、作詞・荒木とよひさ、作曲・三木たかしの代表曲『つぐない』で本格的な大ヒット路線に(以降の代表曲も荒木・三木によるものが多い)。
その後『愛人』『時の流れに身をまかせ』で立て続けの大ヒットを飛ばした。
そして、中国の民主化を支持していたテレサであったが、1989年の「天安門事件」でかねてからの夢であった中国本土公演の夢が本格的に絶たれ、絶望の中パリに住居を移し、翌年からは活動を休止した。
その後は孤独な生活を送っていたといわれ、1995年に持病のぜんそくの静養で訪れていたチェンマイで死去。
たった42歳での急死であったが、それは、彼女が絶えず歌い続けてきた“希望”を失ったからなのかも知れない。

(写真は1974年7月1日ポリドール・レコード〈現ユニバーサルミュージック〉より発売の『空港』のジャケット)

5月8日の不幸

1847年
【自然災害】「善光寺地震」

1847年5月8日、信州(現・長野県)の善光寺平で発生したマグニチュード7.3〜7.4の直下型の地震。この地震によりにおよそ8,600人が死亡、家屋21,000軒が全壊、3,400軒が焼失した。

1880年
【急死】ギュスターヴ・フローベール(Gustave Flaubert)【小説家/フランス】

文学上写実主義を確立したことで知られる19世紀フランスの小説家。幼少期から芝居の脚本などを書きはじめ、ヴィクトル・ユーゴーやウィリアム・シェイクスピアなどを読み作家を志す。1836年に『狂人の手記』を執筆。1841年、パリ大学に入学し法律を学び、1844年から執筆活動に専念。1857年に写実主義を確立した代表作のひとつ『ボヴァリー夫人』を発表し、風紀紊乱(ふうきびんらん)の罪に問われることに。以後、『サランボー』(1862年)、『感情教育』(1864年)、『聖アントワーヌの誘惑』(1874年)、『三つの物語』(1877年)といった小説を発表。1880年5月8日、脳出血により急死。没年58歳。遺作となった『ブヴァールとペキュシェ』は1881年に刊行されている。

1891年
【死去】ブラヴァツキー夫人(Helena Petrovna Blavatsky)【オカルティスト/ロシア】

キリスト教・仏教・ヒンズー教を始めとした、さまざまな宗教を折衷した近代神智学を創唱した人物で、神智学協会の設立者のひとり。世界各国を修業のため渡り歩き、この時期に霊体離脱も学んだという。その後は1875年に神智学協会を設立、主にアメリカとインドで活動した。晩年は解雇したスタッフによる暴露記事で詐欺師のイメージが付いてしまった。インフルエンザにより59歳で死去。

1902年
【自然災害】「プレー火山噴火」

1902年5月8日、西インド諸島・フランス領マルティニーク島のプレー火山が噴火。この噴火により溶岩ドームが破壊され火砕流により麓のサンピエール市が全滅、およそ32,000人が死亡。火山学史上初めて観測された火砕流となった。

1903年
【怪死】ポール・ゴーギャン(Eugène Henri Paul Gauguin)【画家/フランス】

パリで活躍し、晩年にかけてのタヒチでの2度の滞在期に『タヒチの女』等、肉感的な裸婦画で名作を遺したフランスの画家。『死者の霊が見ている』等、南国の地の伝統的なスピリチュアル文化に触発された作品も発表している。最後に移り住んだマルキーズ諸島で憲兵の汚職を糾弾しているさなか、心臓発作で急死。常用していたモルヒネやアヘンチンキの過剰摂取によるという説もある。54歳没。

1904年
【死去】エドワード・マイブリッジ(Eadweard Muybridge)【写真家/イギリス】

カリフォルニア州元知事リーランド・スタンフォードの依頼(賭けの対象だった)により、「サラブレッドが走行中に4本とも脚が浮いている瞬間があるか」を解き明かす高感度、高シャッタースピードによる連続写真技術を開発した写真家。この作品が後のエジソンによるキネトスコープ発明、さらには映画誕生に繋がったといわれる。1874年には妻の愛人を射殺したが、判決はなぜか正当防衛として無罪となった。74歳で前立腺ガンのため死去。

1927年
【航空事故】【行方不明】シャルル・ナンジェッセ(Charles Eugene Jules Marie Nungesser)【パイロット/フランス】

20世紀のフランス空軍で活躍したエース・パイロット。「第一次世界大戦」でドクロと棺桶の描かれた機体で43機を撃墜させパイロットとしての記録を残す。大戦後、ピエール・ルヴァソールPL8「白鳥号」に乗りパイロットのフランソワ・コリとともにパリからニューヨークへ向かう大西洋横断飛行を実行するも、1927年5月8日に行方不明に。没年44歳。

1963年
【政治事件】【宗教弾圧】「仏教徒危機」

1963年5月8日、 南ベトナム・フエで仏旗掲揚禁止に抗議した非武装の市民9人に警察が発泡。この事件により仏教徒への弾圧「仏教徒危機」が発生し、弾圧は同年11月まで続いた。

1972年
【死去】伊東深水【浮世絵師・日本画家・版画家】

昭和に活躍した主に美人画で知られる浮世絵師、日本画家、版画家。娘は女優の朝丘雪路。小学校を中退し看板屋で住み込みで働く。1908年、印刷株式会社の活字工の職に就く。日本画家・中山秋湖に日本画を習い、1911年に日本画家の鏑木清方の元へ入門。1912年、『のどか』が巽画会展で初入選。1914年、東京印刷を退社し作家生活へ。1916年、版画『対鏡』を発表し新版画運動へ参加。1927年、深水画塾を開設。1932年に青々会を設立。1943年の「第二次大戦」中は海軍報道班員として参加。1948年に『鏡』が日本芸術院賞を受賞。1950年に日本画家の白鳥映雪らと日月社を結成。1958年、日本芸術院会員となる。晩年も活躍し1972年5月8日、ガンにより死去。没年74歳。

1975年
【死去】アベリー・ブランデージ(Avery Brundage)【陸上競技選手・水泳競技選手・馬術競技選手・国際オリンピック委員会会長/アメリカ合衆国】

20世紀アメリカのスポーツ選手で国際オリンピック委員会第5代会長(1952年〜1972年)となった人物。イリノイ大学で土木工学を学んだ後、1912年「ストックホルムオリンピック」で近代五種競技、十種競技に出場。1914年、1916年、1918年と全米選手権に参加し優勝。1928年に全米体育協会(AAU)会長、1929年にアメリカオリンピック委員会(USOC)の会長へ就任。1930年、国際陸上競技連盟(IAAF)副会長へ就任。1952年に国際オリンピック委員会(IOC)会長へ就任。1972年、「ミュンヘンオリンピック事件」が勃発するもオリンピックを実行し、同年にIOCの会長を退任。1975年5月8日、うっ血性心不全により死去。没年87歳。

1982年
【競技中事故死】ジル・ヴィルヌーヴ(Joseph Gilles Henri Villeneuve)【レーシングドライバー/カナダ】

マクラーレン、フェラーリという一流チームで活躍したF1ドライバー。これから全盛期を迎えようかという32歳の5月8日、ベルギーGPの予選2日目にヨッヘン・マスを追い抜こうとしてコースアウト。車体は回転し、本人はシートごと車外に投げ出され頸椎を折って即死。ちなみに1977年日本GPでも観客と警備員2人が亡くなる死亡事故を起こしている。なおその死亡時に11歳であった息子ジャック(・ヴィルヌーヴ)は、後の1997年にF1ワールドチャンピオンとなる。

1984年
【事故死】【夭折】岩谷真哉【俳優】

劇団「第三舞台」所属の俳優。将来を嘱望されていたが、1984年5月8日、大学からバイクで帰宅している際に高円寺付近で交通事故事故死。没年22歳。

1995年
【死去】テレサ・テン(Teresa Teng)【歌手/台湾】

幼少時に中国本土から台湾に移住し天才少女として注目を浴びる。14歳でデビューし、瞬く間にアジアの歌姫に。1974年に21歳で来日し人気を博していたが1979年に旅券法違反で国外退去処分に。その後1984年に再来日、代表曲『つぐない』で本格的な大ヒット路線に。その後『愛人』『時の流れに身をまかせ』で立て続けのヒットを飛ばす。1990年頃から活動を休止し、1995年に持病のぜんそくの静養で訪れていたチェンマイで死去。死因は気管支ぜんそく。没年42歳。

2001年
【強盗殺人事件】【放火事件】「武富士弘前支店強盗殺人・放火事件」

2001年5月8日、青森県弘前市田町の消費者金融会社武富士・弘前支店で発生した強盗殺人・放火事件。この事件により従業員5人が火災で死亡、4人が負傷。犯人はタクシー運転手の小林光弘(当時43歳)で、犯行はギャンブルによる借金を苦にしたものであった。2002年に小林は逮捕され、2014年に死刑が執行されている。

2014年
【死去】レツゴーじゅん【漫才師】

「じゅんでーす」「長作でーす」「三波春夫でございます」というお決まりの挨拶で人気を博したどつき漫才トリオ「レツゴー三匹」のメンバー。脳出血で68歳没。

2018年
【死去】黒岩よしひろ【漫画家】

昭和から平成にかけて活躍した漫画家で『鬼神童子ZENKI』の作者として知られる人物。漫画家・桂正和のアシスタントを経て、1983年に集英社の週刊少年漫画雑誌『週刊少年ジャンプ』でデビュー。1992年、同誌で代表作となった『鬼神童子ZENKI』を発表。1995年に同作品がアニメ化へ。その後、漫画家として幅広いジャンルを手がけ、2018年5月8日に心筋梗塞のため死去。没年55歳。