『映画「セーラー服色情飼育」撮影現場での可愛かずみ』撮影=田中欣一

1997年5月9日は、女優・可愛かずみが東京・目黒区にあるマンションの7階から飛び降り自殺を遂げた日である。
1982年に、にっかつロマンポルノ映画『セーラー服色情飼育』でデビューし、以来爆発的な人気を獲得。
その後、すぐさまアイドル女優に転身し活躍した。
そして5月9日に起きた悲劇の現場は、かつて結婚を前提に交際をしていたというプロ野球、ヤクルト・スワローズの投手・川崎憲次郎の自宅マンションであった。
川崎との関係が終わってからは数度の自殺未遂騒ぎを起こすという不安定な日々を送っており、亡くなった当日の午前中にも手首を切り自殺未遂を起こし、病院で縫合手術を受けていたという。
それからたった数時間後の惨劇となった。
ちなみに、この5月9日は、奇しくも“日本で最初の飛び降り自殺”といわれている1926年の銀座松屋デパートでの飛び降り自殺が起きたとされる日でもあった。
悩める女優は知らず知らずのうちに、日本の“自殺記念日”を飾ってしまったのである。

(写真=田中欣一)

5月9日の不幸

1926年
【自殺】「日本初の飛び降り自殺」

大正15年にあたるこの年、東京・銀座の松屋デパートの8階から、38歳の池野富蔵という男性が飛び降り自殺。これが日本初の飛び降り自殺事件といわれている。

1932年
【心中】【怪事件】「坂田山心中事件」

神奈川県大磯の山中で慶応大生の調書五郎と頌栄女学校生の湯山八重子が塩化水銀を飲み毒死。湯山家の両親が結婚に反対していたための心中だった。共に良家の出身であり美男美女、肉体関係のなかったプラトニックラブということもあり、メディアで評判の美談となり、200件もの後追い自殺を生み、映画化までされた(『天国に結ぶ恋』)。しかし火葬場の職員だった橋本長吉が彼女の遺体を持ち出していたという事件が発生。自白こそなかったものの、死姦事件だったという見方が根強い。

1978年
【暗殺】アルド・モーロ(Aldo Moro)【政治家/イタリア】

20世紀イタリアの政治家で第55代(1963年〜1968年)・第61代(1974年〜1976年)首相となった人物。キリスト教民主主義党員に入党し、1946年に国会議員へ初当選。1955年に法務大臣に就任、1959年にはキリスト教民主主義書記長へ就任。1963年、1974年と首相へ就任。その後、1978年3月に左翼テロリスト集団「赤い旅団」に誘拐される。同集団がモーロと引き換えに逮捕者の釈放を求めるも当時の首相ジュリオ・アンドレオッティが要求を拒否したため、1978年5月9日に殺害された。没年61歳。

1978年
【死去】ジョージ・マチューナス(George Maciunas)【現代美術家・建築家・デザイナー/リトアニア】

20世紀リトアニアの現代美術家・建築家・デザイナーで前衛芸術運動「フルクサス」の創始者として知られる人物。建築家の家に生まれ、1948年に渡米。1949年にクーパー・ユニオンで建築などを学び、1961年にAGギャラリーを設立。同年、ギャラリーが経営破綻し西ドイツへ移住。その後、アメリカ空軍のデザイナーとなり活動を再開。1962年「フルクサス国際現代音楽祭」を開催。1960年代後半から建築家として建物を改築し芸術家に安価で売り渡すという「フルックス・ハウジング・コーポレイティヴ」という活動を開始。1976年、同活動で工事業者とトラブルになり襲撃をうけ、片目、片肺を失うことに。1978年5月9日、再起を目指すも膵臓ガンで死去。没年46歳。

1985年
【自殺】若山セツ子【女優】

東宝ニューフェイス1期生として女優デビュー。代表作に映画『青い山脈』『次郎長三国志』シリーズ等。映画監督の谷口千吉と結婚するが離婚。晩年は精神病の悪化で強制的に入院しており、その1カ月後に首吊り自殺を遂げた。没年55歳。

1986年
【死去】廖文毅【活動家・政治家/中国】

「第二次世界大戦」後、台湾の独立を目指した活動家および政治家で台湾共和国臨時政府大統領(1956年〜1965年)となった人物。1945年、南京国民政府の台湾統治機関に務める。1947年「二・二八事件」が勃発すると香港で謝雪紅および台湾再解放連盟を設立。1950年、日本で台湾独立党を樹立、1955年に台湾共和国臨時政府を樹立、翌年に大統領へ就任。同年、政府機関紙『台湾民報』を創刊。その後、1965年に台湾独立運動を放棄し台湾へ帰郷。国民党政府の監視下の中、1986年5月9日、肺炎により死去。没年76歳。

1986年
【死去】テンジン・ノルゲイ(Tenzing Norgay)【シェルパ/チベット】

登山家エドモンド・ヒラリーとともにエベレスト人類初登頂を達成したことで知られる人物。インド・ダージリンのシェルパコミュニティに入り、1930年代にイギリス登山隊とともにエベレスト登頂へ挑戦するも失敗。1952年、スイス登山隊とともに高度8,599メートルへ到達。1953年、エベレスト初登頂を達成。その後、ダージリンでヒマラヤ登山協会実地訓練監督へ就任。1978年、テンジン・ノルゲ・アドベンチャーズ創設。1986年5月9日、脳出血で死去。没年71歳。

1989年
【死去】城卓矢【歌手・実業家】

樺太出身の歌手であり、実兄に作曲家の北原じゅん、叔父に作詞家の川内康範を持つ人物。カントリー・ウェスタンのバンドとして活動後、1960年に菊地正夫名義の『ひとりぽっちで』で歌手デビュー。その後ヒットに恵まれなかったものの、1966年1月に城卓矢と改名し再デビュー。作詞に川内康範、作曲に北原じゅんを迎えた『骨まで愛して』が140万枚を売り上げる大ヒット曲となり、一躍人気歌手に。同年に川内康範脚本で渡哲也主演の同名映画が上映され、本人役で出演した。1971年3月のシングル『男ごころの唄』を最後に歌手生活を引退。東京都赤坂でクラブ経営に専念した。1978年に本名の菊地正規で作曲を担当した『ひとりにさせて』でカムバック。翌年『ムンチョッチョのズンチャッチャ』もリリースした。1989年5月9日、肝硬変と食道静脈瘤破裂により死亡。没年53歳。

1994年
【暗殺未遂事件】「滝本弁護士サリン襲撃事件」

オウム真理教により殺害された坂本堤弁護士に代わり、オウム真理教被害者対策弁護団の主要人物として活動していた滝本太郎弁護士の乗用車のフロントガラスにサリンが噴霧されていたという事件。数々の脱会を成功させた滝本の行動に危機感を感じた麻原彰晃の指示によるものだったが、滝本弁護士は特に気付かず、命の別状はなかったという。

1996年
【スポーツ事件】「生卵事件」

日生球場で行なわれたダイエーホークスの最後のプロ野球公式戦の試合終了後、近鉄バファローズに2ー3で負けたホークスの選手バスに向かってファンから生卵が投げつけられた事件。当時の王貞治監督の采配が疑問視されていたホークスはこの日で4連敗となり、シーズン成績を9勝22敗と大きく負け越していた。

1997年
【自殺】可愛かずみ【女優・タレント】

ピンク映画出身でありながらアイドル的人気を獲得し一般映画、テレビへと進出していったアイドル女優。かつて結婚を前提に交際をしていたというヤクルト・スワローズの投手、川崎憲次郎の自宅マンションの7階から飛び降り自殺。川崎との関係が終わってからは数度の自殺未遂騒ぎを起こすという不安定な日々を送っており、自殺した9日の午前中にも手首を切り自殺未遂を起こし、病院で縫合手術を受けていた。後に一般男性と婚約していたという事実も判明し、なんともいえない最期となった。没年32歳。

1998年
【死去】宮路年雄【実業家・タレント】

家電販売店・城南電機を運営していた信光電機の創業者。常に数千万をアタッシュケースに入れて持ち歩く社長としてテレビでも人気者となったが、そのイメージのせいで強盗事件被害にも6度も遭った。肺炎のために69歳で死去。その事業は息子に受け継がれたが、その死の1カ月後には取引停止が相次ぎ城南電機の全店舗が閉店となった。