『津山30人殺し実行犯の都井睦男のポートレート』

1938年5月21日は『津山三十人殺し』『津山事件』として日本、そして世界を震撼させた大量殺人事件が起きた日である。
岡山県苫田郡に住む21歳の都井睦雄が、結核に罹るなど自らの体の弱体化を思い悩み、さらにはその病態の身を遠ざける近隣の村人たち、女性たちを恨んで、一晩約2時間以内で小さな集落を自らの祖母ごと皆殺しにするという凶行に及んだこの事件(無事逃げた村民も)。
学生服に地下足袋、懐中電灯をハチマキで固定、日本刀に猟銃という鬼気迫る姿で一気に30人を殺したその様は、あらゆる創作を超えた説得力を持ち、横溝正史の小説『八墓村』等、多くの創作のモデルとなった。
ただ残忍なだけではなく、事件後の祖母を不憫に思い、最初の被害者として眠る祖母の首を手斧で切断してから出かけるエピソードなど、その悲壮なまでの決意がありありと匂い立つような部分もあり、多くの興味を惹く悲劇であった。
最後は、猟銃で心臓を撃ち抜き自殺した都井。
近年増加している、犠牲者の数字を競うような海外の大量殺人とは趣が異なり、人間の業が滲み出るような大量殺人事件である。

(写真はWikipedia 津山事件より。Public Domain)

5月21日の不幸

252年
【死去】孫権【呉の初代皇帝】三国時代の呉の初代皇帝。父、兄が相次いで死に、たった19歳で呉を率いることになった。ひと世代上の年齢になる曹操、劉備と渡り合い、遂には皇帝を名乗るまでに国を繁栄させた。その後69歳で亡くなるまで、50年もの間権勢をふるった。
587年
【死去】用明天皇【天皇】

飛鳥時代に第31代天皇(585年〜587年)となった人物。第29代欽明天皇の息子として生まれ、585年に天皇に即位。即位中は仏教を公認し仏教の繁栄につながった。587年5月21日に天然痘で死去。推定没年齢69歳。

1471年
【獄中死】ヘンリー6世(Henry VI)【王族/イングランド】

15世紀イギリスランカスター朝最後のイングランド王(1422〜1461年)およびフランス王(1422年〜1453年)となった人物。イングランド王ヘンリー5世の息子として生まれ、百年戦争中の1422年に生後9カ月でイングランド王位、その2カ月後にフランス王位に即位。1437年に親政を開始し1445年にフランスとの和平のためシャルル7世の王妃マリー・ダンジュー姪・マーガレット・オブ・アンジューと婚姻。その後国内での政争、フランスとの戦争が続き、1453年に百年戦争に敗北したことで精神に異常をきたす。翌1454年にランカスター家とヨーク家による権力闘争である薔薇戦争が勃発。1464年のヘクサムの戦いので捕らえられ、ロンドン塔へ幽閉される。1470年にフランスへ亡命し同年に復位するも健康状態が悪化。1471年にヨーク派に捕らえられ再びロンドン塔へ幽閉され、1471年5月21日に獄中死。没年49歳。

1928年
【死去】野口英世【医学者・細菌学者】

黄熱病、梅毒について著しい研究成果を残した世界的細菌学の権威。2004年から発行されている1000円札の肖像画の人物としても知られる。長きにわたり研究してきた黄熱病で51歳没。

1929年
【死去】第5代ローズベリー伯爵アーチボルド・プリムローズ(Archibald Primrose 5th Earl of Rosebery)【政治家・貴族/イギリス】

19世紀イギリスの政治家および貴族でイギリス首相(1894年〜1895年)となった人物。スコットランド貴族ローズベリー伯爵プリムローズ家に生まれ、1868年に爵位を継承。1871年に貴族院議員となり外務大臣、王璽尚書といった閣僚を歴任。1894年に首相兼貴族院院内総務に就任。1895年に辞職し1929年5月21日に死去。没年82歳。

1938年
【連続殺人】「津山三十人殺し」

「津山三十人殺し」または「津山事件」として日本、そして世界を震撼させた大量殺人事件。岡山県苫田郡に住む21歳の都井睦雄が、結核に罹るなど自らの体の弱体化を思い悩み、さらにはその病態の身を遠ざける近隣の村人たち、女性たちを恨んで一晩約2時間以内で自らの祖母を皮切りに30人虐殺し、最後は猟銃で心臓を撃ち抜き自殺した。

1949年
【薬物過剰摂取】クラウス・マン(Klaus Mann)【小説家・軍人/ドイツ】

20世紀に活躍したドイツの小説家で反ナチス作家として知られる人物。小説家トーマス・マンの息子として生まれ、1924年から執筆活動を開始。批評家として活躍しながら小説『メフィスト』(1936年)『火山』(1939年)を出版。「第二次世界大戦」中にアメリカへ移住し亡命者雑誌『Decision』を創刊。1943年にアメリカ市民権を得た後、イタリアへ出征。1949年5月21日に睡眠薬の過剰摂取により自殺。没年42歳。

1990年
【死去】藤山寛美【喜劇俳優】

戦後の大阪で松竹新喜劇の大看板として活躍した喜劇役者。娘の藤山直美もその遺志を継いでいるが、父の藤山秋美もまた役者であった。”遊びは芸の肥やし”の言葉を地でゆく有名な浪費家で、一時期はお当時の金額で1億8千万円もの借金を抱え自己破産、松竹新喜劇も解雇となった。しかし松竹側の不振で借金を肩代わりされ復帰。十八番のアホ役で再び大ヒット上演を続け借金も完済した。肝硬変で60歳没。

2011年
【死去】長門裕之【俳優】祖父に映画監督のマキノ省三、弟に俳優の津川雅彦を持つ芸能一家出身の俳優。妻であり女優の南田洋子とのおしどり夫婦としても知られ、テレビ番組『ミュージックフェア』のMCを長年共に務めた。肺炎で死去。没年77歳。
2018年
【山岳事故】【事故死】【夭折】栗城史多【登山家】

2002年のマッキンリーを皮切りに、アコンカグア、エルブルース、キリマンジャロ、ビンソンマシフ等各大陸の最高峰級の山々を登頂した登山家。テレビ中継のバックアップのもとにエベレストにも計8回挑戦したがどれも登頂ならず、最後の8回目の下山中に滑落死。没年35歳。