「『キルドーザー事件』で使用されたコマツ製D355Aブルドーザー」

2004年6月4日は、コロラド州グランビーでマービン・ヒーメイヤーが「キルドーザー事件」を起こした後に自殺を遂げた日である。
元自動車修理工経営のマービン・ヒーメイヤーが、自ら装甲化したブルドーザー“キルドーザー”によってコンクリート工場、市役所、スカイハイニュース社、視聴宅を全壊させた事件。
その犯行動機は、かつてコンクリート工場建設により街の景観破壊が起こることに反対していたマービンを追い詰めたものたちへの復讐であった。
運動の最中に婚約者もいなくなり、ニュース社の報道により反対運動の仲間たちも去り、さらには市の抜き打ち検査によりコンクリート工場も業務停止と、文字通りすべてを失ったマービン。
私生活で父を亡くしたこともあり、男は最後の復讐を決意したのだった。
厚さ1センチ以上の鉄板とコンクリートで装甲をしたブルドーザーは、写真のように異様な姿の兵器となり、警察らのあらゆる防御を跳ね除けることに成功。
ちなみに、“キルドーザー”とは1944年のシオドア・スタージョンの小説『キルドーザー』から付けられたものだった。
結果的には標的の破壊行為を完了したマービンが運転席で拳銃自殺をして終了となったこの事件であったが、犯人以外の誰一人の死亡者も出すことなく終わったこともあり、マービンの心情にシンパシーを抱く人も多かった。
不幸で孤独な戦いは、たとえ破壊行為であったとしても、時として人の心を掴んで離さないものなのだろう。

(画像はWikipedia Marvin Heemeyer より)

6月4日の不幸

756年
【死去】聖武天皇【天皇】

飛鳥時代から奈良時代にかけて第45代天皇(724年~749年)となった人物。第42代天皇・文武天皇の第一皇子として生まれ、714年に立太子される。724年、天皇に即位。729年「長屋王の変」が勃発し藤原光明子が皇后へ。740年「藤原広嗣の乱」が起こると、遷都を繰り返し行なう。741年に国分寺を建立し、743年に東大寺盧舎那仏像の造立の詔を出す。743年に「墾田永年私財法」を制定。749年に孝謙天皇に譲位。752年、東大寺大仏の開眼法要を行なう。756年6月4日に死去。没年55歳。

1615年
【自殺】【夭逝】 豊臣秀頼【武将】

安土桃山時代から江戸時代にかけての武将。豊臣秀吉の三男として生まれ、1596年に上洛。1598年に秀吉が死去すると大阪城へ入城。1600年「関ヶ原の戦い」が起こる。1603年、徳川秀忠の娘・千姫と結婚。1605年に右大臣に昇進、1607年に同職を辞退。1614年「方広寺鐘銘事件」が起こり、同年「大坂冬の陣」が勃発。翌1615年「大坂夏の陣」で徳川軍に包囲され母・淀殿、家臣・大野治長らと自害したとされる。没年23歳。

1615年
【自殺】淀殿【側室】

戦国時代から江戸時代にかけての人物で豊臣秀吉の側室として知られる人物。戦国大名・浅井長政の娘であり、豊臣秀頼の実母。1588年に秀吉の側室となり、翌年、秀吉の子・鶴松を懐妊し山城淀城を与えられ“淀の方”と呼ばれる。1591年に鶴松が死去、1593年に秀頼を産む。1598年に秀吉が死去すると政治に介入し実権を握る。1600年「関ヶ原の戦い」が勃発、以降い徳川家康と対立を深め、1614年「大坂冬の陣」が勃発。翌1615年「大坂夏の陣」で徳川軍に包囲され息子・秀頼、家臣・大野治長らと自害したとされる。没年48歳。

1615年
【自殺】【夭逝】真田幸昌【武将】

江戸時代前期の武将で真田信繁(幸村)の嫡男として知られる人物。1614年「大坂冬の陣」が起こると幽閉されていた信繁とともに脱出し大坂城へ入城。1615年「大坂夏の陣」の「道明寺の戦い」に参加。1615年6月4日、徳川軍により大坂城が落城すると、切腹により死去。推定没年齡16歳。

1798年
【死去】ジャコモ・カサノヴァ(Giacomo Casanova)【術策家・小説家/イタリア】

18世紀イタリアの術策家および作家であり、私生活での多くの女性遍歴で知られる人物。俳優一家の家に生まれ、教会での法律実務、下級士官職などを経て、父親の経営するサン・サムエーレ劇場のヴァイオリニストへ。1748年からヨーロッパを放浪し1753年に故郷ヴェネツィアに帰郷。1755年に宗教裁判所で有罪を宣告を受け、警戒厳重な“鉛の監獄”に収容されるも脱獄に成功。その後、1760年頃から騎士や伯爵を名乗る。1761年の「七年戦争」後の国際会議にポルトガル代表使節の一員として参加。1766年、政治事件「タルゴヴィツァ叛乱」首謀者のひとりフランチシェク・クサヴェリ・ブラニツキ伯爵と女優をめぐり決闘し国外退去処分へ。晩年の1785年、宰相ヨーゼフ・カール・フォン・ヴァルトシュタイン伯爵の司書をしながら自伝『我が生涯の物語』の草稿を書き、甥カルロ・アンジョリーニに託し、1798年6月4日に死去。没年73歳。自伝は1826年に刊行され、現在”カサノヴァ”の名は放蕩家・乱交家の意味として定着している。

2004年
【テロ】「キルドーザー事件」

コロラド州グランビーの元自動車修理工経営のマービン・ヒーメイヤーが、自ら装甲化したブルドーザー”キルドーザー”によってコンクリート工場、市役所、スカイハイニュース社、視聴宅を全壊させた事件。その犯行動機は、かつてコンクリート工場建設により街の景観破壊が起こることに反対していたマービンを追い詰め、一文無しにしたものたちへの復讐であった。結果的には誰一人死亡者を出すことなく破壊行為を終えたマービンが運転席で拳銃自殺をして終了となった。

2008年
【夭折】アガタ・ムロズ(Agata Mróz=Olszewska)【バレーボール選手/ポーランド】

191センチの長身を活かしたプレイで白血病にかかりながらもポーランド代表として2003年、2005年欧州選手権で金メダルを獲得した女子バレーボール選手。大会期間中は強い薬の投薬ができないなど、かなりの身体的不安がある状態で活躍してきたアガタであったが、2008年の5月に、かつてはともに戦ったポーランド女子バレーボール代表が40年ぶりのオリンピック出場を決めた時にはプレイできる状態にはなかった。その直後に復帰を目指し白血病の骨髄移植手術を受けたが、2週間後の6月4日に感染症で死亡。没年26歳。

2014年
【急死】林隆三【俳優】

第15期生として俳優座の俳優養成所を経て1966年に俳優デビュー。NHKドラマ『天下御免』の主役に起用され人気を獲得。1977年の新藤兼人監督作品『竹山ひとり旅』で第1回日本アカデミー賞主演男優賞を受賞し名実ともに人気俳優の一人となった。その後もドラマ『噂の刑事トミーとマツ』『ザ・ハングマン』等で活躍。2014年5月28日に特技であったピアノのコンサートを開催し、17曲の演奏を終えた直後に倒れそのまま病院に搬送されたが、そのまま6月4日に腎不全で死亡。没年70歳。晩年は腎臓病を患っていたが、精力的に活動していた中での急死であった。