6月16日の不幸
- 1887年
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【死去】鶴田浩二【俳優・歌手】
二枚目のアイドル的人気を誇った20代を経て、『人生劇場シリーズ』『博徒シリーズ』『博奕打ちシリーズ』などの任侠映画路線に転向し絶大な人気を集めた俳優。その流れで出した1970年リリースのヒット曲『傷だらけの人生』はヤクザものの哀愁を歌い上げた作品であるが、NHKでは「相応しくない」として放送を控える自体に繋がった。華々しい活躍の一方で、1952年には女優・岸恵子との失恋騒ぎで自殺未遂、1953年には暴力団・山口組の襲撃を受ける「鶴田浩二襲撃事件」に見舞われるなど、私生活で暗い影を落としていたことでも知られている。1985年にガンと診断され闘病生活を送っていたが、1987年6月16日に肺ガンで死亡。没年62歳。
- 1999年
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【自殺】スクリーミング・ロード・サッチ(Screaming Lord Sutch)【歌手・政治家/イギリス】
1961年に『ティル・ザ・フォローイング・ナイト』デビューし、シルクハット、毛皮、頭に角という奇抜な服装と労働者階級でありながら貴族風の名前を名乗るというギミックで人気を博したロックンロール歌手。音楽活動とほぼ同時に政治活動を始め、自らは生涯落選を続けたものの、後に当選者を出す現存する政党「オフィシャル・モンスター・レイブン・ルーニー・パーティー」の創立者としても知られている。長年の双極性障害により、1999年6月16日に首吊り自殺。没年58歳。前年の母親の死から精神状態が悪化していたといわれている。
- 2005年
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【死去】奥崎謙三【軍人・活動家】
“神軍二等兵”を名乗りアナーキストとして活動した人物。1969年、6年ぶりに開催された皇居一般参賀で、15メートル先のバルコニーにいる昭和天皇に向かってパチンコ玉3発を発射する「昭和天皇パチンコ狙撃事件」で世間を騒がせた。パチンコ玉はいずれも命中しなかったが、暴行罪で1年6カ月の判決が下り、この事件を機にバルコニーには防弾ガラスが張られることとなった。 1987年公開の原一男監督によるドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』でその過激な人生が多方面に知られることとなった。2005年に85歳没。
- 2014年
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【死去】トニー・グウィン(Anthony Keith “Tony” Gwynn)【プロ野球選手・解説者/アメリカ合衆国】
1982年にドラフト3巡目指名を受けて入団したサンディエゴ・パドレスで引退まで活躍したメジャーリーガー。1982年にメジャー昇格を果たすと、俊足、強健、巧打の外野手としてレギュラーに定着。翌1983年から引退した2001年まで19年にわたり打率3割以上を残し続け、1994年からの4年連続を含む8度の首位打者、通算打率.338、通算安打数3,141本という大記録を残した。なお、最高打率は1994年の.394。引退後の2004年にはグウィンの付けた背番号「19」がサンディエゴ・パドレスの永久欠番となり、2007年には野球殿堂入り。引退後は解説者として活躍していたが、2010年に唾液腺ガンを告白し、2014年6月16日に死亡した。54歳没。
- 2016年
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【暗殺】ジョー・コックス(Helen Joanne “Jo” Cox)【政治家・活動家/イギリス】
2015年に庶民院に初当選したイギリスの女性政治家であり、「シリア騒乱」でのシリア支援や女権問題に取り組んでいた国会議員。「イギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票」の集会の準備中である2016年6月16日に、トーマス・メアにより射殺された(その直後にナイフで数回突かれている)。没年41歳。イギリスの現職議員が殺されたのは1990年にIRAに爆殺されたイアン・ガウ以来。なお、犯行時、メアは「This is for Britain. Britain will always come first」と叫んでいたとされ、「Britain First」なるファシスト政党との関与が疑われたが、関係者により否定されている。