『滝野隆浩著「宮崎勤精神鑑定書」の表紙』

2008年6月17日は、1988年から翌年にかけて発生した「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」の犯人、宮崎勤の死刑が執行された日である。
4歳~7歳の4人の幼女を誘拐、強制わいせつ、殺害をした「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」(1988年)の犯人。
5件目の犯行は東京都八王子市で幼い姉妹に写真を撮らせてほしいと声をかけ、自家用車内で妹を全裸にして撮影しているところを、逃げ出した妹が連れてきた姉妹の父親に取り押さえられ、逮捕された。
4人目の被害者の人体を食べたことでも、その特異な性癖がクローズアップされたが、オタク趣味、ロリコン性癖、猟奇趣味など、逮捕後に差し押さえられた大量のビデオテープコレクションにより、宮崎の好んだ様々な映像作品に批判の矢が向けられるという社会現象が起きた。
また、逮捕後の不安定な発言の数々から精神鑑定が為されたが、結果的に責任能力はあったと判断され、本人は絶えずその恐怖を公言していた絞首刑での死刑となった。
その死刑確定から執行までの時間が2年4カ月という異例の早さであり、精神鑑定も続行していた最中であったことから、その執行には批判の声も上がったが、そのスピ−ドは、それだけ大きな社会的影響力を持った事件であった証明ともいえるだろう。
「醒めない夢の中で起きた」とは最初の公判で宮崎が口に出した言葉であるが、彼が見た夢は、社会の悪夢そのものであったのだ。

(画像は滝野隆浩著『宮崎勤精神鑑定書』2000年/講談社刊)

6月17日の不幸

1981年
【無差別殺人】「深川通り魔殺人事件」東京都江東区森下の白昼11時頃を通行していた母子を含む4人が死亡、2人が重軽傷を負った。犯人の川俣軍司は元寿司職人であり、元トラック運転手で、過去に傷害等で7度の逮捕歴を持った人物であり、覚醒剤を常用している人物であった。逮捕時の出刃包丁にハイソックス、白ブリーフという異様な出で立ちも手伝って、ビートたけしは率先してその事件を取り上げたが、その一方で、麻薬中毒患者のパブリックイメージを確立する一大事件となった。
1982年
【怪死】ロベルト・カルヴィ(Roberto Calvi)【銀行家/イタリア】

"教皇の銀行家"と呼ばれ、バチカンの資金管理銀行であったアンブロシアーノ銀行の頭取を務めた。イタリア・フリーメーソンのロッジP2の会員でもあり、そのジョン・F・ケネディからイタリア系マフィアまでという広い人脈を活かしてマフィア達と大規模なマネーロンダリングを行なっていたとされている。その不正融資の使途不明金が明るみに出た時には国外に逃亡していたが、1982年6月17日にロンドンのテムズ川にかかるブラックフライアーズ橋の下に死体がかけられていた。捜査の結果他殺と断定されたが、その犯人は不明。その後相次ぐ関係者が不審死を遂げたことでも闇の深い殺人事件である。

1994年
【殺人事件】「O・J・シンプソン逮捕」

元妻とその友人の殺人事件の容疑者として殺人罪に問われたアメリカンフットボールの殿堂入り選手、O・J・シンプソンに逮捕令状が降りたが、身柄拘束の直前で友人の車に乗り逃走。2時間もの高速道路を使ったカーチェイスの果てに逮捕された。全米で生中継されたこの映像は、衝撃ニュースとして瞬く間に世界を駆け巡った。

2002年
【死去】フリッツ・ヴァルター(Friedrich "Fritz" Walter)【サッカー選手/ドイツ】地元のクラブであった1.FCカイザースラウテルンで活躍したサッカー選手であり(生涯ゴール数357)、1954年開催のワールドカップ・スイス大会で初優勝を飾ったドイツ代表のキャプテン。81歳没。
2006年
【戦死】アブドル・ハリム(Abdul-Halim Salamovich Sadulayev)【軍人・政治家・活動家/チェチェン・イケチリア共和国】

1994年の第一次チェチェン紛争以降、国際的には認められていないチェチェン共和国独立派政権の第4代大統領となった人物。熱心なイスラム復興の支持者として知られ、第一次チェチェン紛争から第二次チェチェン紛争にかけて、テレビメディアを通じイスラムの布教に努めた。2005年3月8日に第3代大統領、アスラン・マスハドフが殺害された直後に第4代大統領に選出され、チェチェン・イチケリア共和国軍カフカーズ戦線を設立し独立戦線に身を投じたが、2006年6月17日のロシア連邦保安庁とチェチェン共和国内務省による共同作戦で殺害された。没年40歳。なお、5代にわたるチェチェン共和国独立派政権の大統領はすべてロシア政府により殺害されている。

2007年
【死去】ジャンフランコ・フェレ(Gianfranco Ferré)【ファッションデザイナー/イタリア】自身の名を冠したブランドで知られるミラノ出身の世界的有名デザイナー。1989年〜1996年にかけてはクリスチャン・ディオールのデザイナーも務めた。脳出血で62歳没。
2008年
【急死】堀部秀郎【イラストレーター・キャラクターデザイナー】

1993年から、アダルトゲーム雑誌『PC Angel』の表紙絵を、中断期間を挟み12年という長きにわたり務めたことで知られるイラストレーター。大ヒット作となったアダルトゲーム『臭作』『鬼作』(ともにエルフ)のキャラクターデザインを手掛けたことでも知られる。2006年5月号を最後に『PC Angel』の表紙絵を降板。同年4月処女画集『Yours』(ジャイブ)を発売した直後の6月17日に急性心不全で死亡。没年36歳。その死と重なったこともあり画集は大ヒット作となり、死後の2008年には画集『COLORS』が刊行された。

2008年
【猟奇殺人】【死刑】宮崎勤【殺人犯】

4〜7歳の4人の幼女を誘拐、強制わいせつ、殺害をした「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」(1988年)の犯人。5人目の犯行の最中にその父親に取り押さえられ、逮捕された。4人目の被害者の人体を食べたことでも、その特異な性癖がクローズアップされた。さらに逮捕後にビデオコレクターであったことが話題となり、その所持している残酷ビデオの影響を疑う声も上がり、社会問題化した。不安定な発言の数々から精神鑑定が為されたが、責任能力はあったと判断され、本人は絶えずその恐怖を公言していた絞首刑での死刑となった。没年45歳。ちなみに1994年に実父が自殺している。