『オットー・ワームビアのポートレート』

2017年6月19日は北朝鮮旅行中に拘束され、意識不明のまま帰国したバージニア大学の学生、オットー・ワームビアが死亡した日である。
中国の観光ツアー会社主催の北朝鮮年越しツアーに参加中の2016年1月1日に滞在していた羊角島国際ホテルの政治宣伝ポスターを盗んだ罪で翌日帰国直前に平壌空港で逮捕。同年3月16日の北朝鮮最高裁で、国家転覆陰謀罪として労働教化刑15年の判決が下った。
2017年6月6日に、米国務省北朝鮮担当のジョセフ・ユン政府特別代表が、ワームビアが昏睡状態にあることを認識。すぐさま問い合わせたところ、ボツリヌス症により昏睡状態になっているとの返答が。そのまま人道的見地から釈放されることになり、帰国後はオハイオ州シンシナティ大学病院で治療と検査が行なわれたが、ボツリヌス菌は発見されず、脳の大部分が損傷していることが発覚。そのまま2017年6月19日に死亡した。
この結果、ワームビアの昏睡状態は北朝鮮による拷問のためという見方が大方を占めたが、北朝鮮側はこれを否定。
翌7月にはトランプ政権はアメリカ国民の北朝鮮への観光渡航禁止、国務省による渡航許可制を発表した。その許可には、「遺言状の作成と葬儀の手配」が必用という、極端な反北朝鮮のメッセージを打ち出し、さらには国内で北朝鮮とその国民に経済活動をさせないための罰則、通称「オットー・ワームビア法案」を制定し、北朝鮮を明確にテロ支援国家として認定した。
これらのトランプ大統領の行動は、北朝鮮への圧力を緩めていた前オバマ大統領へのアンチテーゼとして行なわれていた側面もあり、2018年のピョンチャン五輪の開会式には、オットーの両親を招き、脱北者と会談を持たせるなど外交政策の切り札的にこの問題は行なわれてきた。
そして2018年6月12日、再三の駆け引きの後に、シンガポールのセントーサ島で金正恩と対面し、史上初の米朝首脳会談を行なったトランプ。
そこで両国は「朝鮮半島の非核化」を謳う「米朝共同声明」に署名したが、果たして、オットーの死からまだ1年しか経っていないことに驚くばかりだ。
軽はずみな犯罪でその生命を失った大学生は、戦争状態にあった両国にとって、どのような存在であったのだろうか?

(写真は彼のLinkedlnに掲載されたもの)

6月19日の不幸

1953年
【死刑】エセル・ローゼンベルグ(Ethel Rosenberg)【諜報員・主婦/アメリカ合衆国】

夫とともに第二次大戦直後の"冷戦時代"にソビエト連邦のスパイとしてアメリカで諜報活動し、ソ連側に核製造情報などを流していたとされる女性。機密文書には彼女自体のスパイ行為は明記されていなかったために厳密なスパイであったかはわからないが、夫のスパイ業務については明らかに認識していた。夫に続いて電気椅子で処刑。没年35歳。

1953年
【死刑】ジュリアス・ローゼンベルグ(Julius Rosenberg)【諜報員/アメリカ合衆国】

第二次大戦直後の"冷戦時代"にソビエト連邦のスパイとしてアメリカで諜報活動し、ソ連側に核製造情報などを流していたユダヤ系アメリカ人。民間人としては米国史上初めてスパイ容疑で死刑になったことで知られる。先に逮捕されたスパイのデヴィット・グリーングラスからの自白のみでの逮捕であったために、コクトー、サルトル、アインシュタイン、ピカソ等々多くの著名人がその冤罪を訴えたが、なにも証言は得られないままに刑執行。。妻よりも10分だけ早く電気椅子で処刑された。没年37歳。その死後の1995年に旧ソ連の機密文書が解読され「ベノナ計画」の全貌が明らかになった結果、ローゼンベルグ夫妻がソ連のスパイであったことが証明された。

1993年
【死去】ウィリアム・ゴールディング(William Gerald Golding)【小説家/イギリス】代表作『蠅の王』で知られる小説家。1983年にノーベル文学賞を受賞。『ガイア理論』の名付け親でもある。心臓疾患で81歳没。
2000年
【死去】竹下登【政治家】第74代内閣総理大臣を務め、大蔵大臣、内閣官房長官、建設大臣など様々な要職を歴任したた昭和を代表する政治家。経世会なる派閥を立ち上げ、竹下派として自由民主党内で権勢を誇った。晩年は膵臓ガン、脊椎変形症を患い呼吸不全で死去。76歳没。
2005年
【大量殺人】「漣川軍部隊銃乱射事件」大韓民国京畿道漣川郡の非武装地帯内の大韓民国陸軍第28師団第530前方警戒所で、キム・ドンミン一等兵(当時22歳)が手榴弾を投げ、銃を乱射。8人が死亡、2人が負傷した。上官のいじめが犯行動機だったという。
2008年
【死去】キヨノサチコ【絵本作家】

1976年に『ノンタンぶらんこのせて』でデビューし、以降『ノンタン』シリーズとして2800万部以上のヒットを収めた絵本作家。脳腫瘍で60歳没。「私がいなくなっても、ノンタンは元気に生き続けるから」という生前の言葉により12月の報道までその死は伏せられていた。

2013年
【急死】ジェームズ・ギャンドルフィーニ(James Joseph Gandolfini Jr.)【俳優/アメリカ合衆国】

舞台役者として活動後、1993年の映画『True Romance(トゥルー・ロマンス)』の悪役で人気を博し、以降、『The Mexican(ザ・メキシカン)』等同様の役柄で数多くの出演を続けた俳優。さらには1999年からのテレビドラマ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』の主人公、トニー役として爆発的な人気を獲得し、3度のエミー賞とゴールデングローブ賞などで主演男優賞を獲得した。2013年6月19日にイタリア・シチリアで開催された第59回タオルミーナ映画祭に向かうために滞在していたローマで、心臓発作を起こし急死。没年51歳。死後の2013年に公開された映画『Enough Said(おとなの恋には嘘がある)』が好評を博し第34回ボストン映画批評家協会賞助演男優賞を受賞した。

2016年
【奇妙な死】【夭折】【事故死】アントン・イェルチン(Anton Viktorovich Yelchin)【俳優/ソ連・アメリカ合衆国】

アイススケートペアで有名なビクトル・イェルチン、イリーナ・コリーナ組を両親に、ソ連のレニングラードで生まれるが、ユダヤ人であることが原因で大会に出場できなくなり、難民としてアメリカに移住。9歳から子役として俳優の活動を初め、。2001年の映画『Hearts in Atlantis(アトランティスのこころ)』でヤング・アーティスト賞主演男優賞を受賞するなど人気を獲得。その後も2009年以降の『スター・トレック』シリーズや『ターミネーター4』など多くの人気作品に出演し俳優としての将来を嘱望されていた矢先の2016年6月19日に、リハーサルに姿を見せないことを不審に思った友人により自宅の前のレンガの柱と愛車のジープ・グランドチェロキーの間で圧死しているところを発見された。没年27歳。その時車のエンジンはかかっており、ギアはニュートラルだった。警察はその後の捜査により事件性はないと断定。エンジンをかけた直後に外に出たところ、車が坂道を動きだし、柱との間にイェルチンを挟み、1分以内で肺を潰して死亡させたと推測されている。

2017年
【夭折】オットー・ワームビア(Otto Frederick Warmbier)【学生/アメリカ合衆国】

中国の観光ツアー会社主催の北朝鮮年越しツアーに参加中の2016年1月1日に滞在していた羊角島国際ホテルの政治宣伝ポスターを盗んだ罪で翌日帰国直前に平壌空港で逮捕されたバージニア大学の学生。同年3月16日の北朝鮮最高裁で、国家転覆陰謀罪として労働教化刑15年の判決が下った。2017年6月6日に、昏睡状態にあることが発覚し、ボツリヌス症により昏睡状態になっているとの理由で人道的見地から釈放されることになり、帰国後はオハイオ州シンシナティ大学病院で治療と検査が行なわれたが、ボツリヌス菌は発見されず、脳の大部分が損傷していることが発覚。そのまま2017年6月19日に死亡した。没年22歳。