『国木田独歩のポートレート』

1907年6月23日は、自然主義文学の先駆として20世紀初頭に活躍した小説家であり、また、現在出版されている日本最古の女性誌『婦人画報』を創刊した編集者でもある国木田独歩が死亡した日である。
ロマン主義文学作家としての小説『武蔵野』『牛肉と馬鈴薯』等で10代にして評価を確立した小説家であったが、小説家としてだけでは生計が立たなかった時代のために『国民新聞』や『報知新聞』の記者などとなり、やがて編集者として頭角を現わし、グラフ誌からマンガ雑誌まで、多くの雑誌の創刊に編集長として携わる。そのうちのひとつが、1905年に創刊された布陣向け雑誌『婦人画報』である。
その後、務めていた近事画報社が解体となるために自らの出版社、独歩社を立ち上げるも、1年で破産。
そんな折の1907年には肺結核も重なり、療養生活を余儀なくされていた。当時まだ35歳にして、公私ともに不幸が折り重なっていたのだ。
そして、小説『運命は』で、自然主義運動の騎手として注目が集まり始めた矢先の1908年に死去。
旧交のあった内閣総理大臣、西園寺公望が葬儀に代理人を差し向けるほどに社会的名声を確立した瞬間には、本人はもうこの世を去っていたのだ。
創刊110年を超えていまだ生き続ける長寿雑誌に、その生命力を奪われたとでもいうかのような、早過ぎる死であった。
独歩は36年というその短い人生で、多くの才能を認めさせるには十分な作品を残したが、不幸にも、名声は彼の人生のスピードには追いつけなかった。

(画像は国立国会図書館収蔵のもの。Public Domain)

6月23日の不幸

1908年
【死去】国木田独歩【小説家・詩人・教師・ジャーナリスト・編集者・実業家】

自然主義文学の先駆として20世紀初頭に活躍した小説家であり、また、現在出版されている日本最古の女性誌『婦人画報』を創刊した編集者としても知られている人物。ロマン主義文学作家としての小説『武蔵野』『牛肉と馬鈴薯』等で10代にして評価を確立した小説家であったが、『国民新聞』や『報知新聞』の記者となった時代もあり、晩年は小説家としての活動の傍ら、『婦人画報』をはじめとした数多くの雑誌の創刊に編集長として携わった。1907年には肺結核に罹り、療養生活を送りながら『運命は』等の自然主義小説を出版。小説家としての名声が高まってきた1908年に死亡した。没年36歳。

1945年
【自殺】牛島満【軍人・教育者】

敗色濃厚の太平洋戦争終盤の沖縄戦に於いて第32軍司令官を務めた日本陸軍の大将(死亡時は中将)。、陸軍予科士官学校校長、陸軍戸山学校校長を兼任し後進の指導に当たった人物としても知られている。部隊は壊滅、多くの住民犠牲者を出した1945年6月23日早朝に、長参謀長と摩文仁洞窟の司令部壕で「天皇陛下万歳」を三唱した後に割腹自殺したとされる。没年58歳。辞世の句は「矢弾尽き 天地染めて 散るとても 魂還り 魂還りつつ 皇国護らん」「秋待たで 枯れ行く島の 青草は 皇国の春に 甦らなむ」。戦死したその日に大将に昇進した。

1959年
【死去】【急死】ボリス・ヴィアン(Boris Paul Vian)【作家・ミュージシャン/フランス】

何度も映画化された代表的小説作品『日々の泡』の作者として知られる20世紀のフランスを代表する小説家、詩人。また、ヴァーノン・サリバン名義で『墓に唾をかけろ』に代表されるハードボイルド小説を発表していたことでも知られている。ジャズに造形が深い人物としても知られ、その批評にとどまらずジャズトランペット奏者としても活動した。長きにわたり不整脈に苦しみ、1959年6月23日に行なわれた自身の原作『墓に唾をかけろ』の映画版試写会会場にて、上映開始直後に心臓発作を起こし、病院への搬送中に死亡した。没年39歳。その死の直前、かねてから映画の出来に不満を抱いていたヴィアンはエンドロールから自分のクレジットを外したがっていたという。

1985年
【航空事故】【テロ】【同時多発テロ】「インド航空182便爆破事件」

カナダ・トロント発インド・ボンベイ行きのエア・インディア181便がロンドンのヒースロー空港に向かう途中のアイルランド近郊コーク沖で墜落。乗員乗客329人全員が死亡した(うち280人がカナダ国籍)。事故の原因は当時のインド政府と対立していたシーク教過激派が手荷物の中に仕掛けた爆弾の爆発だった。ちなみにほぼ同時刻に日本の成田国際空港でもシーク教徒過激派がエア・インディア機を標的とした爆発物が暴発し、空港作業員を死傷させる事件「成田空港手荷物爆発事件」が発生。同時多発テロであったとみられている。

2004年
【強盗殺人未遂】「渋谷駅駅員銃撃事件」

2004年6月23日朝の通勤ラッシュ帯の渋谷駅構内で東京メトロ駅員を何者かが銃撃、その後拳銃を持った64歳で住所不定・無職の熊谷徳久(64歳)が自首をした殺人未遂事件。犯行動機は金に困っていたためで、駅員が売上金を持っていたと勘違いして襲ったとのこと。さらに、熊谷1カ月前の同年5月6日に東京駅で放火同月29日に横浜中華街の中華料理店・白楽天経営者を射殺したことが判明した。公判では自首したこともあり東京地裁で無期懲役となったが、被害者駅員のダメージが深刻なこともあり東京高裁が判決を棄却し死刑に。1人の殺害犯としては稀な死刑宣告となり、2013年9月12日に死刑が執行された。

2006年
【死去】北天佑勝彦【大相撲力士・指導者】

現役時代は22歳9カ月にして大関まで登り詰めた北海道室蘭市出身の大相撲力士。持ち前の怪力を活かした組み主体の取り組みで幕内最高位優勝2回、幕内成績は513勝335敗44休という実績を残した。引退後は第13代年寄二十山として二十山部屋を興したが、2006年3月場所中に緊急入院。病名は「多発性脳梗塞により入院加療2週間」と発表されたが、その実、末期の腎臓ガンと悪性脳腫瘍を発症していた。それから3カ月後の2006年6月23日、腎臓ガンで45歳没。

2011年
【死去】ピーター・フォーク(Peter Falk)【俳優/アメリカ合衆国】

足掛け35年にもわたり放送され続けた名作テレビ映画『刑事コロンボ』シリーズの主役を務めた世界的名優。晩年は家族によりアルツハイマー症候群であることが公表され、自らが刑事コロンボであったこともわからなくなっていたという。2011年5月23日、アルツハイマーの合併症で死去。没年83歳。