『United States チャンピオン時代のクリス・ベノワ(2007年)』

2007年6月24日は日本ではペガサス・キッドとして活躍したプロレスラー、クリス・ベノワが、妻と子供を殺して、自殺を遂げた日である。
原因は、重度のステロイド使用からくる鬱病によるもの、または難病に苦しむ息子の将来への不安ともいわれていたが、現在最も有力な説としては、度重なる衝撃を受け続けたクリスに脳障害が残り、最終的には極度のアルツハイマー状態であったことにあると憶測されている。
アメリカのプロレス界ではではごく一般的に使用されているとされるステロイドは、1970年以降、MLBをはじめ多くのプロスポーツ界を汚染し続けた。
多くのスタープロレスラーたちが30代でこの世を去り続けているのは、決して偶然ではないだろう。
この日米マット界を股にかけて活躍し続けたエリート・レスラーが、その中でも最悪の部類に入る“悲劇の主人公”となってしまったのも、その魔力に原因があるのだろうか?

(画像はWikipedia Chris Benoitより。Public Domain)

6月24日の不幸

1908年
【死去】グロバー・クリーブランド(Stephen Grover Cleveland)【政治家/アメリカ合衆国】

19世紀アメリカで第22代・24代と大統領(1885年〜1889年・1893年〜1897年)を務めた人物。また、歴代アメリカ大統領唯一ホワイトハウスで結婚式を行なったことでも知られる。地方検事補、保安官、民主党所属弁護士を経て、1881年にバッファロー市長に選出される。1882年にニューヨーク市長へ就任後、1885年に大統領へ就任。1888年の大統領選挙落選後は弁護士活動を行ない、1893年に再び大統領へ就任。引退後は法律相談などの活動を行ないながら1898年にアメリカ反帝国主義連盟を結成。1908年6月24日、急性心筋梗塞で死去。没年71歳。

1935年
【事故死】【航空事故】カルロス・ガルデル(Carlos Gardel)【ミュージシャン/アルゼンチン】

アルゼンチンの国民的英雄として知られる20世紀のタンゴ歌手および俳優。代表曲には『わが懐かしのブエノスアイレス』(1934年)、『ボルベール』(1935年)などがある。1911年にプロデビューし、1913年に民謡歌手ホセ・ラサーノとデュオを結成。1917年の『Mi noche triste (わが悲しみの夜)』がラテンアメリカ全域でヒットしタンゴ歌手としての地位を確立。その後、『クエスタ・アバホ』(1934年)といった映画に出演し俳優としても人気を博すことに。歌手・俳優として活動中の1935年6月24日、映画撮影を終えアルゼンチンへ帰国中、航空事故に遭い死去。没年44歳。

1942年
【大量虐殺】「チェコ・レジャーキ虐殺(第二次世界大戦)」

1942年6月24日、ドイツ占領下のチェコスロバキア・レジャーキ村で500人以上のナチス・ドイツ武装親衛隊員が村を包囲・放火。その後、同村人30人以上が射殺され、子供13人は「アーリア人化計画」に選ばれた2人を除き、ヘウムノ絶滅収容所へ送られた後にガス室で殺された。この虐殺は親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒがチェコ人部隊に暗殺された報復として行なわれた。

1947年
【UFO】【社会事件】「ケネス・アーノルド事件」

1947年6月24日、アメリカ人ケネス・アーノルドがアメリカ・ワシントン州カスケード山脈のレーニア山付近上空を自家用飛行機で飛行中にUFOと遭遇。地元のマスコミはこの物体を“空飛ぶ円盤 (Flying Saucer)” と名付け報道。この事件によりアメリカFBI長官ジョン・エドガー・フーヴァーは同月30日にUFO目撃例を調査するプロジェクトを発足するに至った。

1952年
【社会事件】「吹田事件・枚方事件」

1952年6月24日から同月25日にかけて大阪府で発生した連続騒乱事件の総称。大阪府豊中市の大阪大学豊中キャンパスで伊丹基地粉砕と反戦独立を掲げたデモが大阪府学生自治会連合によって発生。学生や在日朝鮮人などおよそ1,000人以上が参加し吹田市内で暴動を起こした。また、枚方では同年4月にGHQの賠償物件であった陸軍工廠枚方製造所がアメリカ軍から砲弾の受注を受けていた小松製作所に払い下げられ砲弾の生産を開始。このことに反発した日本共産党や在日朝鮮人が反対運動を起こし、同25日同製造所に侵入し時限爆弾で爆破。小松製作所の関係者の自宅も火炎瓶を投げられるなどの襲撃を受けた。

1969年
【自殺】【夭逝】高野悦子【学生】

遺稿『二十歳の原点』(1969年)で知られる女子大学生。1967年に立命館大学文学部へ入学し1969年6月24日に貨物列車へ飛込んで自殺。没年20歳。死後、20歳から自殺に至るまでの日記が同人誌『那須文学』に発表され、1971年に新潮社から『二十歳の原点』のタイトルで出版。その後、同社から『二十歳の原点序章』(1974年)、『二十歳の原点ノート』(1976年)が出版されている。

1982年
【航空事故】「ブリティッシュ・エアウェイズ9便エンジン故障事故」

1982年6月24日、 ロンドン・ヒースロー空港からオークランド国際空港を目指していたブリティッシュ・エアウェイズ9便(ボーイング747)がインドネシア・ジャワ島上空でジェットエンジンに火山灰を詰まらせエンジン4基が停止した事件。その後、上空で再始動に成功しジャカルタへ緊急着陸、乗客乗員あわせた263人全員が生還した。

1989年
【死去】美空ひばり【歌手】

終戦直後の1946年に12歳でデビューして以来、『悲しき口笛』『リンゴの唄』等のヒット曲で幼くして敗戦に沈む日本国民の心の支えとなった天才歌手。江利チエミ、雪村いづみらと活躍した”三人娘”としての若手スター時代、人気俳優・小林旭とたった2年間の結婚生活、そして『港町十三番地』『柔』『真赤な太陽』『』『川の流れのように』等々数々の大ヒット曲を連発した”歌謡界の女王”時代と生涯にわたり国民的歌手として絶大な人気を誇った。1987年4月にツアー先の福岡で緊急入院。重度の慢性肝炎と両側特発性大腿骨頭壊死症と診断され抵抗は療養に努めるが1988年4月11日に東京ドームで「不死鳥コンサート」を成功させ健在をアピール。その後もツアーを再開させたが入退院を繰り返し、1989年6月24日になった直後の0時28分、特発性間質性肺炎による呼吸不全で死亡した。昭和を彩ったスターである鶴田浩二、石原裕次郎らと同じ52歳での臨終であった。

1994年
【航空事故】「1994年フェアチャイルド空軍基地B-52墜落事故」

1994年6月24日、アメリカ・ワシントン州フェアチャイルド空軍基地でボーイングB-52爆撃機が墜落した事故。原因は機長アーサー・バド・ホランド中佐の操縦ミスであった。この事故によりホランド中佐含む搭乗員4人全員が死亡。

1999年
【死去】村下孝蔵【ミュージシャン】

1979年の第1回CBS・ソニーオーディションのグランプリを獲得しデビューしたフォークシンガー、シンガーソングライター。『初恋』『踊り子』『陽だまり』などのヒット曲で知られる。1999年6月20日に東京・駒込のスタジオでのリハーサル中に体調を崩し、病院に向かい高血圧性脳内出血と判明。その直後から意識不明状態に陥り、4日後の6月24日に死亡。没年46歳。6月26日に行なわれた葬儀での出棺時には夫人の希望により村下が生前最も気に入っていたという『ロマンスカー』が流された。

1999年
【死去】別所毅彦【プロ野球選手・指導者・解説者】

現役時代は主に南海ホークスと読売ジャイアンツで歴代5位となる310勝を挙げた伝説の右腕。南海在籍時の1947年には現在もプロ野球記録のシーズン47完投という大記録達成しこの年に創設された沢村賞の初代受賞者となった。ジャイアンツ在籍時の通算221勝は現在でも同球団における最多勝記録である。また投手でありながら打撃が得意であった選手としても知られ、通算500安打、打率.254、35本塁打、248打点を記録している。引退後は巨人、大洋でコーチ、サンケイアトムズで監督を歴任したが指導者としての成績は奮わず、晩年は豪放磊落な人格を活かした人気テレビ解説者として活躍した。急性心不全のため自宅で76歳没。

2001年
【列車事故】「京福電気鉄道越前本線列車衝突事故」

2001年6月24日、福井県勝山市・越前本線の勝山発福井行き上り普通列車(モハ5001形5002)と福井発勝山行き下り急行列車(モハ2201形2201)が正面衝突した事故。この事故により乗員乗客あわせて24人が負傷。事故原因は普通列車の運転士が信号を確認せず発車したため起こり、前年12月に起こった事故に続き2回目となり翌25日から京福電鉄は福井地区全線で運行中止となった。

2003年
【死去】山根赤鬼【漫画家】

『よたろうくん』(1956年)『かばどんとなおみちゃん』(1975年)などで知られる昭和に活躍した漫画家。兄は漫画家の山根青鬼。1949年に北日本少年新聞の『北日坊や』で兄・青鬼と共にデビュー。1950年、漫画『のらくろ』で知られる田河水泡に弟子入りし、1989年の田川没後も同作の執筆権利を譲り受け連載を続けた。1988年『まんが5・7・5』が日本漫画家協会賞優秀賞受賞。その後も青鬼とともに作家活動を続け、2003年6月24日、大腸ガンにより死去。没年67歳。

2003年
【死去】名古屋章【俳優・声優】

俳優座出身で、ラジオ俳優、映画、テレビドラマ、特撮ドラマから声優まで幅広く活躍した個性派俳優。代表的な役として、『ひょっこりひょうたん島』のドン・ガバチョ(2代目)や『ピタゴラスイッチ』の百科おじさんなど。死の13日前まで収録をしていたように、晩年まで活躍を続け、肺炎で72歳没。

2007年
【無理心中】【自殺】クリス・ベノワ(Chris Benoit)【プロレスラー/カナダ】

カナダのハート道場出身で、デビュー直後から新日本プロレスでペガサス・キッドとして活躍した名レスラー。ジュニアヘビー級を超越したパワーを誇り、獣神サンダーライガーらとともに長きにわたり新日本プロレス軽量級の強豪として活躍した。1995年以降は米マットに本拠地を移し、ECW、WCW を転戦しWWEに到達。同団体のWWEタッグ王座、世界ヘビー級王座を獲得するなど、トップレスラーとして君臨した。2006年5月からは家族との時間を過ごすためにリタイアするが、10月には戦線復帰。2007年6月24日に行なわれる予定だったCMパンクとのECW王座戦を「家庭の事情」を理由に突如としてキャンセル。翌25日にジョージア州の自宅で、妻ナンシーと、7歳の息子ダニエルとともに遺体となって発見された。没年40歳。捜査により妻を絞殺し息子を窒息死させた後に自ら首を吊って死亡したと断定された。原因は、重度のステロイド使用からくる鬱病によるもの、または難病に苦しむ息子の将来への不安ともいわれていたが、現在最も有力な説としては、脳が極度のアルツハイマー状態であったことにあるといわれている。

2009年
【自殺】【夭折】マーティン・ホルム(Martin Holm)【キックボクサー/スウェーデン】

スウェーデン生まれ、ムエタイ出身のキックボクサーで、2002年にK-1グランプリに参戦。ジュニア・ヘビー級の体格ながら、ヘビー級選手たちと互角に渡り合い、グラウベ・フェイトーザ戦、ザ・ジャイアント・ノルキヤ戦では1ラウンドKOを収め衝撃を残した。2004年6月6日の「K-1 WORLD GP 2004 in NAGOYA」でのジャビット・バイラミ戦を最後に、重度の鬱病苛まれ、盗難車でスウェーデン王女宅に侵入するという奇行を起こし逮捕された。結果的には無罪となったが、リハビリを開始した矢先の2009年6月24日に首吊り自殺。没年32歳。

2012年
【死去】ロンサム・ジョージ【亀】

ピンタゾウガメの最後の個体(オス)。乱獲され絶滅したと考えられていたが1971年にピンタ島で発見され、翌年サンタ・クルス島チャールズ・ダーウィン研究所で保護されることに。その後、メスを寄せつけず繁殖計画が成功しないため“ロンサム・ジョージ”の呼び名で呼ばれた。2012年6月24日、自然死により死去。推定没年齢100歳以上。