『武内つなよし『赤胴鈴之助』の第1巻の表紙』

1954年6月26日は、戦後期に大活躍した人気漫画家、福井英一が急死した日である。
スポーツ漫画の原点ともいえる柔道マンガ『イガグリくん』で爆発的ヒットを記録し、同時期に活躍した手塚治虫が羨むほどの実力を誇った好敵手であった福井。
一作ごと丁寧に仕上げるスタイルの福井は、徹夜も辞さずに大量の作品を描き上げる手塚に対して、激しいライバル心を燃やしていた。
しかし、その体力が先に尽きたのは武内の方であり、1954年6月25日の作業後に編集者と徹夜で飲酒した翌日に、激しい頭痛を起こし狭心症で急死した。
その死の直前、顔面蒼白状態であったという証言もあるように、過労を原因とした悲劇であった。
この死に衝撃を受けた手塚らは出版社を相手取り、原稿料を値上げすることで労働環境の向上を勝ち取ったとされ、福井の死は続く後進のためと活かされたのであった。
そして、福井が後進へ残したものとして、何より劇的だったのは、福井が1954年に『少年画報』へ連載開始した『赤胴鈴之助』というマンガ作品である。読み切り作品の『よわむし鈴之助』を元に、父の形見の赤い胴を身につけ活躍する少年剣士の姿を描いたチャンバラ活劇であった同作は、第1回が掲載された直後の6月26日に作者である福井の死を迎えてしまうのである。
その死後、武内つなよしが引き継ぎいだ同作は、武内の実力もあってアニメ化、映画化、ラジオドラマ化されるほどの大ヒット作となったが、その元となったのは、早過ぎる死を迎えた天才漫画家の“遺産”であったのだ。

(写真は武内つなよし『赤胴鈴之助』第1巻/少年画報社)

6月26日の不幸

1927年
【死去】アルマン・ギヨマン(Jean-Baptiste Armand Guillaumin)【画家・版画家/フランス】

強烈な色彩の作品を特徴とするフランス印象派の画家であり、リトグラフ版画家。代表作に『イブリーの落陽』など。パリの南のヴァル=ド=マルヌ県オルリーにて86歳没。

1954年
【夭折】【急死】福井英一【漫画家・アニメーター】

アニメーターから転身し、スポーツ漫画の原点ともいえる柔道マンガ『イガグリくん』で爆発的ヒットを記録した戦後期を代表する漫画家。同時期に活躍した手塚治虫が羨むほどの実力を誇ったライバルであったが、1954年に『赤胴鈴之助』を連載開始し第1回が掲載された直後の6月26日に、過労による狭心症で死亡。没年33歳。前日の作業後に編集者と徹夜で飲酒した翌日に激しい頭痛を起こした結果であった。その死後、武内つなよしが引き継いだ『赤胴鈴之助』はアニメ化、映画化、ラジオドラマ化されるほどの大ヒット作となった。

1967年
【夭折】【事故死】フランソワーズ・ドルレアック(Françoise Dorléac)【女優/フランス】

10歳から舞台に立ち、1964年の映画『リオの男』『柔らかい肌』の出演でスターになった女優。1967年6月26日にレンタカーでニース空港に向かう運転中に操作を失い標識に激突死した。没年25歳。実父は俳優のモーリス・ドルレアックであり、妹のカトリーヌ・ドヌーヴとは映画『ロシュフォールの恋人たち』で共演している。

1997年
【死去】イズラエル・カマカヴィヴォオレ(Israel "Iz" Kaʻanoʻi Kamakawiwoʻole)【歌手・ミュージシャン/アメリカ合衆国】

188センチ343キロという超巨体を誇り"イズ"の愛称で親しまれた世界的ハワイアンシンガー、ミュージシャン。伝統的なハワイアンミュージックのスタイルでレゲエやジャズのスタンダードナンバーを演奏することでハワイアンの世界観を広げることに成功したミュージシャンで、1990年にリリースしたメドレー『Somewhere Over the Rainbow/What a Wonderful World』はあらゆるメディアでピックアップされ人気を博した。日本では大相撲の曙、武蔵丸、小錦を歌詞に織り込んだ『Tengoku Kara Kaminari』のヒットで知られている。肥満のために心臓に問題を抱え続け、38歳で死去した。

2003年
【競技中事故死】マルク=ヴィヴィアン・フォエ(Marc-Vivien Foé)【サッカー選手/カメルーン】

ランス、オリンピック・リヨン、マンチェスター・シティ等のクラブチームにに所属し、カメルーン代表の中心だったフットボール選手。かつて所属していたオリンピック・リヨンのホームスタジアム、スタッド・ジェルランで行なわれていたFIFAコンフェデレーションズカップの準決勝、カメルーン対コロンビア戦に出場していたが、後半27分に心臓発作を起こして死亡。没年28歳だった。

2005年
【死去】【突然死】林由美香【AV女優】1980年代〜2000年にかけて、アダルトビデオやピンク映画で長く活動したAV女優、女優。36歳の誕生日の1日前、自宅にて突然死。薬物摂取や飲酒との関係が囁かれているが、警察発表は自然死。その早すぎる死後も、プライベートで不倫関係にあった平野勝之監督の『監督失格』等が発表されるなど、未だに存在感を放っている希有な女優である。
2012年
【自殺】塚越孝【アナウンサー】

日本大学藝術学部放送学科卒業後ニッポン放送に入社し、2006年からはフジテレビで活躍したアナウンサー。『朝からたいへん!つかちゃんでーす』『塚越孝の土曜ニュースアドベンチャー』『塚越孝のおはよう有楽町』等、ニッポン放送時代に数多くの番組でメインパーソナリティーを担当したが、フジテレビ移籍後の2012年6月26日にフジテレビ社屋内のトイレで首吊り自殺。没年57歳。