『月宮かれんオフィシャルブログ「ぴょんぴょんかれんぴょんdiary」のトップ画像』

2014年7月9日はアイドルグループ「仮面女子」内のユニット「スチームガールズ」で活躍した月宮かれんが、17歳で急死した日である。
主に秋葉原で専用の劇場を中心に活動しているところから、“第二のAKB”とも呼ばれているアイドルグループ「仮面女子」は2013年から活動を開始し、2015年11月にはさいたまスーパーアリーナでワンマンライブを行なうほど人気を博しているアイドルグループであるが、その黎明期といえる2014年に暗い影を落としたのが月宮の死である。
月宮は同グループの楽曲『destiny』の作詞をするなど、グループの中心として精力的に活躍していたが、元々精神に病を抱えていたということもあり、2014年2月から休養に入っており、その最中での悲劇であった。
一部報道では自殺であったともいわれているが、その真相は不明である。
なお、遺族の意向によりオフィシャルブログ『ぴょんぴょんかれんぴょんdiary』は現在も残されており、死の直前である7月7日に、久しぶりにライブ会場を訪れてメンバーと触れ合ったことが綴られている。
このブログにはその他にも休養中の苦悩や、自らの病気への言及「僕の病気を完璧に治すのは無理だと思う。何年、何十年とかかると思ってる。」(2014年5月11日)など、10代でエンターテインメント界で苦悩していく月宮の様子が、ありありと伝わってくる。
そして月宮のファンは現在もそのブログにコメントを書き続けている。
SNSやブログなどのデジタルコンテンツが一般化されて久しいが、死者がこのようにして現世に生き続けることもまた一般的になりつつあるといえるだろう。

(画像は月宮かれんオフィシャルブログ『ぴょんぴょんかれんぴょんdiary』のトップ画像)

7月9日の不幸

1850年
【死去】ザカリー・テイラー(Zachary Taylor)【政治家・軍人/アメリカ合衆国】

アメリカの第12代大統領(1849年〜1850年)となった人物。1808年から1848年まで陸軍に所属。40年間で米英戦争、ブラック・ホーク戦争、アメリカ・メキシコ戦争などに従軍し"オールド・ラフ・アンド・レディ(老暴れん坊)"と呼称された。1848年に大統領選挙に出馬、当選するも就任16カ月目の1850年7月9日に死去。没年65歳。死因は胃腸炎とされており、在任がアメリカ史上3番目に短い大統領となっている。

1922年
【死去】森鴎外【小説家・医師】

東京大学医学部卒業後、軍医となりドイツに留学。帰国後にその海外経験を活かした小説『舞姫』を発表し、文筆活動を開始。陸軍省医務局長を務めつつ並行して作家活動を続け、晩年は帝室博物館総長、帝国美術院初代院長を務めた。腎萎縮、肺結核で60歳没。遺言の冒頭で「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」と記し、その墓碑銘には「森林太郎墓」と刻まれている。

1933年
【放火事件】「松山城放火事件」

連続放火魔、古川義雄が愛媛県の重要文化財である松山城に放火し大部分を消失させた事件。西日本から沖縄までの神社・学校・教会・寺院・城郭・旅館と、45度の放火をして回ったという古川は、「火を見ると興奮する」「命ある限り放火する」という妄執にとらわれた放火魔であったが、1936年に愛媛県宇和島市にある宇和島城を放火しに来たところを逮捕された。梅毒に罹っていた古川の膿が現場に残っていたことから熊本県警が特定しての逮捕だった。その後古川は1939年9月15日に広島刑務所で死刑に処されたが、犠牲者の出ていない放火事件で死刑になるという希有な例として歴史に名を残している。

1955年
【死去】アドルフォ・デ・ラ・ウエルタ(Felipe Adolfo de la Huerta Marcor)【政治家/メキシコ】

1920年6月1日に臨時ながら第46代メキシコ大統領(同年11月30日まで)となったことで知られる人物。1917年にメキシコ北西部のソラノ州知事を務めていた1920年、メキシコ革命後に起きた労働争議を鎮圧のため、当時のベヌスティアーノ・カランサ大統領がソノラ州に派兵したことに対してソノラ州独立を宣言。これが内戦へと発展し、カランサが殺害されたために1920年6月に臨時大統領となった。しかし同年9月にアルバロ・オブレゴンが大統領に就任したためにウエルタは蔵相となったものの、やがてオブレゴン大統領に反発し、1923年に革命を宣言、再びメキシコ国内を内戦へと導いた。翌年鎮圧されたためにアメリカへ亡命し、1935年にメキシコへ帰国。ラサロ・カルデナス大統領の元で外務大臣に就任した。1955年7月9日、老衰により死去。没年74歳。

1960年
【死去】ジロ【調査犬】

1983年に公開された『南極物語』で有名な南極地域観測隊に同行した初の樺太犬のうちの1匹。1956年に第1次越冬隊とともに南極観測隊の犬ゾリの使用に伴い訓練を受け、同年に南極観測船「宗谷」で南極へ。1958年、悪天候により交代するはずであった越冬隊が昭和基地に行けず、ジロを含む犬達は基地に置き去りに。翌年、越冬隊のヘリコプタ―で2匹の犬の生存が確認。この時生き残ったのが、タロとジロの兄弟であった。1960年7月9日、昭和基地内で病死。没年5歳。

1980年
【死去】ヴィニシウス・ヂ・モライス(Marcus Vinícius da Cruz e Mello Moraes)【作詞家・外交官/ブラジル】

ボサノヴァを代表する不朽の名曲『Garota de Ipanema(the girl from ipanema/イパネマの娘)』の作詞を手がけ、同曲の作曲を手がけたアントニオ・カルロス・ジョビンらとともに、1950年代後半にボサノヴァを確立した人物。作詞や歌手活動の一方で外交官としても活動し、アメリカやフランスに赴任するなど、世界中を飛び回り、その経験を活かしブラジルの国連大使も務めた。1964年のクーデター以降はその左翼思想を咎められ要職からは下ろされ、音楽活動に専念。私生活では9度の結婚と離婚を繰り返したプレイボーイとしても知られ、また、重度のアルコール中毒とされており、晩年はリハビリ施設に何度も通うほどであった。リオ・デ・ジャネイロの自宅で66歳没。その個性は現在も国民からこよなく愛されており、2016年リオデジャネイロオリンピックのマスコットキャラクター、「ビニシウスとトム」のビシニウスはモライスの名前からとられている。

2006年
【航空事故】「S7航空778便着陸失敗事故」

2006年7月9日にロシアで起こった航空機事故。モスクワからイルクーツクへ向かったS7航空778便がイルクーツク国際空港で着陸に失敗、滑走路から外れ、コンクリートのガレージに激突・炎上。この事故により乗客乗員併せて203人のうち、125人が死亡した。事故の原因は着陸時の機長による操縦ミスであった。

2006年
【死去】ミラン・ウイリアムズ(Milan B. Williams)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

コモドアーズのオリジナルメンバーでキーボーディスト。コモドアーズ初のヒット『Machine Gun』を作曲。1967年にコモドアーズを結成、多くの作曲を手がけ、1982年にはライオネル・リッチーが脱退後のアルバムをプロデュース。1989年にコモドアーズを脱退。2006年7月9日、ガンのため死去。没年58歳。

2009年
【死去】平岡正明【評論家・作家】

昭和後期から活躍した評論家、作家。1961年、早大在学中に宮原安春らと政治結社犯罪者同盟を結成。1963年に同盟機関紙『赤い風船あるいは牝狼の夜』を単行本化するが、同本に掲載されていた吉岡康弘が撮影した無修正のヌード写真が問題となり、猥褻図画頒布容疑で逮捕・起訴猶予となる。翌1964年に評論家デビュー。1967年に『ジャズ宣言』を出版し、ジャズの評論にも進出。1969年、康芳夫の誘いで雑誌『血と薔薇』第4号を編集。1970年代後半からは文学や芸能をメインに評論。多くの著書を残し2009年7月9日、脳梗塞のため死去。没年68歳。

2012年
【死去】山田五十鈴【女優】

戦前戦後に活躍し水谷八重子、杉村春子とともに"三大女優"と呼ばれた昭和初期を代表する国民的女優。代表作に小津安二郎監督の『東京暮色』、黒澤明監督の『蜘蛛巣城』『どん底』『用心棒』、市川崑監督の『ぼんち』、ドラマ『必殺仕事人』シリーズ等人気作品多数。私生活では4度の結婚をしたことでも知られ、最初の夫である月田一郎との間に生まれた娘に女優の嵯峨三智子がいる。晩年は自宅を引き払い帝国ホテルで生活し、2002年4月に脳梗塞を患い、以降は療養に努め、2012年7月9日に多臓器不全で死亡。没年95歳。

2013年
【死去】吉田昌郎【会社員・技術者】

2011年3月11日に起きた東日本大震災の発生時に福島第一原子力発電所所長を務めていた人物であり、その後の収束作業を陣頭指揮指揮したことで知られ、独断で海水を注入するなど、賛否両論を招きつつも自らの判断で事態の収束にあたった。2011年11月に行なった人間ドックで食道ガンが発見され同月24日に入院。12月1日に所長職を退任し、翌年切除手術を受けたが2013年7月9日に死亡。没年58歳。ガンと放射線被爆量が話題となったが、その因果関係は明らかになっておらず、複数の医師がその極度のストレスを原因として挙げている。

2014年
【情報流出事件】「ベネッセ個人情報流出事件」

2014年7月9日に発覚した、ベネッセコーポレーションの個人情報流出事件。2013年12月から不正流出が始まり、翌年の1月には名簿業者が流出した顧客情報を購入できるように。同年6月、ジャストシステムが購入した顧客情報にメールを送付、このことによりベネッセの顧客から個人情報漏洩の問い合わせが相次ぎ、ベネッセは社内調査を開始。2014年7月9日、最大約2070万件の情報が漏洩した可能性があることをベネッセが記者会見で発表した。この事件により責任部署の取締役2人が引責辞任し、また、同社は赤字転落を余儀なくされた。

2014年
【怪死】【夭折】月宮かれん【地下アイドル】

アイドルグループ「仮面女子」内のユニット「スチームガールズ」で活躍した人物。月宮は同グループの楽曲『destiny』の作詞をするなど、グループの中心として精力的に活躍していたが、元々精神に病を抱えていたということもあり、2014年2月から休養に入っており、その最中の2014年7月9日に死亡したことが、9月になって父親より発表された。没年17歳。一部報道では自殺であったともいわれているが、その真相は不明。なお、遺族の意向によりオフィシャルブログ『ぴょんぴょんかれんぴょんdiary』は現在も残されており、死の直前である7月7日に、久しぶりにライブ会場を訪れてメンバーと触れ合ったことが綴られている。