『逮捕された時のデビッド・バーコウヴィッツ(写真左)とサムの息子から警察に届いた犯行予告状』

1977年8月10日は、ニューヨークを恐怖のどん底に突き落とした連続殺人犯“サムの息子”ことデヴィッド・バーコウヴィッツが逮捕された日である。
1977年4月17日のアレクサンダー・エソーとヴァレンティーナ・スリアニへの銃撃事件(ともに死亡)の際に、その死体の傍らに置かれていた犯行予告状で“サムの息子(Son of Sam)”と名乗った殺人犯。サムの息子はその後も『デイリー・ニュース』紙のコラムニストへ犯行予告状を送りつけ、6月26日、7月31日と、夜の街で若者(特に女性)を狙った銃撃事件を起こし続けたことから、その年のニューヨークの街は恐怖に包まれ、若者たちも外出を自粛するほどであったという。
しかし、車の中から犯行予告と拳銃が発見されたことから1977年8月10日に逮捕され、ほどなくして“恐怖の夏”は終わったのだった。
逮捕後の供述で、予告状以前の5件の銃撃事件と1件の刺殺未遂事件、そして2,000件という放火事件がバーコウヴィッツの手によるものであることが判明。
1975年から1977年にかけて、6人を殺害し8人に重軽傷を負わせた“サムの息子”。その判決は懲役365年であり、現在65歳の彼には、まだ300年以上もの懲役刑が残っている。

(写真はWikipedia Charles Mansonより使用)

8月10日の不幸

1902年
【自然災害】【山岳事故】「1902年鳥島噴火」

1902年8月10日、伊豆諸島鳥島の硫黄山で発生した爆発的な噴火。この爆発により中央火口丘は消失、噴出物が居住区を埋め尽くし島民125人が死亡した。噴火の数日前に定期船で島から出港していた島民1人が唯一の生存者となっている。

1903年
【火災事故】「パリメトロ火災」

1903年8月10日にパリのメトロ2号北線で起きた火災。原因は車両内の回路がショートしたためであったが、誤判断により死者84人を出す火災にまで発展した。クロンヌ駅で多くの死者が出たため"クロンヌ事故"とも呼ばれている。

1921年
【政治事件】「フランクリン・ルーズベルト、ポリオ発症」

1921年8月10日、アメリカの第32代大統領フランクリン・ルーズベルトがカナダのキャンポベロー島の別荘でポリオを発症。後遺症により、下半身がほぼ麻痺したため以降は車椅子生活となった。生前、ルーズベルトは車椅子姿を見られることを嫌ったため、訪問先では植木などでカムフラージュした。また、マスコミもさほど報道しなかったため、アメリカ国民にもほぼ知られることはなかった。

1969年
【無差別殺人】【宗教事件】「ラビアンカ夫妻殺人事件」

前日9日の女優シャロン・テートを始めとした5人の無差別殺人事件に引き続き、チャールズ・マンソンの指示を受けた狂信者たちがロサンゼルスのスーパーマーケット経営者、ラビアンカ夫妻を殺害。マンソンは、共謀罪の罪で1971年に逮捕され、一度は死刑判決がくだるものの、カリフォルニア州が死刑廃止の法改正をしたために終身刑に処された(後に死刑制度は復活)。2017年11月19日に獄中死。

1970年
【自殺】ベルント・アロイス・ツィンマーマン(Bernd Alois Zimmermann)【作曲家・音楽家/ドイツ】

ドイツの現代音楽家。結局自分の音楽が理解されないとしてピストル自殺。没年52歳。

1977年
【事故死】【夭折】山田かまち【画家・詩人】その死後に書きためた誌や水彩画が発表され、大きな評価を受けたアーティスト。17歳の誕生日にプレゼントされたエレキギターを自宅で練習している最中に自宅で感電事故死。没年17歳。
1993年
【殺人事件】【身代金誘拐事件】「甲府信金OL誘拐殺人事件」

1993年8月10日、甲府信用金庫に務めるOL・内田友紀(当時19歳)が身代金目的で誘拐された後、殺害された事件。犯人・宮川豊(当時38歳)は地元マスメディアを名乗り、本店を通し同信用金庫に取材を依頼。取材に応じた被害者を誘拐した後、被害者宅に身代金を要求したため事件が発覚した。身代金の受渡し当日、犯人の受取場所の待機ミス、また、非公開で捜査していた山梨県警も受取場所に遅刻するといったことが重なり、身代金受渡しに失敗。誘拐から1週間後、被害者は静岡県富士宮市の富士川で遺体となって発見された。その後、電話の声紋鑑定などが報道され宮川の知人が宮川を説得。同月24日、宮川は自首し1996年に無期懲役が確定した。

1993年
【殺人事件】ユーロニモス(Euronymous)【ミュージシャン/ノルウェー】本名オイスタイン・オーシェト。ノルウェーのブラックメタルバンド、メイヘムの中心人物でありギター・ヴォーカルを務めた。やがてインナーサークルというブラックメタルミュージシャンのサークルを結成し、教会への放火等の過激な犯罪を犯していたが、そのメンバーであるヴァルグ・ヴィーケネスに刺殺された。23カ所もの刺し傷があったといわれているが、犯人のヴァルグは正当防衛であったと主張している。没年25歳。
1997年
【死去】江國滋【エッセイスト・俳人・演芸評論家】

昭和後期から平成にかけて活躍したエッセイスト、俳人および演芸評論家。大学卒業後、新潮社に入社し編集として『週刊新潮』を10年手がけ、1966年に退社。雑誌『寄席fan』の編集に携わった後、文筆生活へ。1961年に初の単行本『落語手帖』を刊行。その後は『阿呆旅行』(1973年)などエッセイストととして活躍したほか、永六輔たちと「東京やなぎ句会」を発足し俳人としても活躍。1997年8月10日、食道ガンの術後合併症により死去。没年62歳。没後、ガンとの闘病生活を作句した『癌め』『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒』(1997年)が出版された。

2010年
【政治事件】「元衆議院議員・浜田幸一逮捕」

2010年8月10日に元衆議院議員の浜田幸一が背任容疑で逮捕された事件。知人が経営する産業廃棄物処理会社から2億円の融資を受ける際、担保として株券を譲渡。しかし、名義変更を理由に一時返還を受けるも、浜田側は無断で株を売却。同社に2億円の損害を与えたとして背任容疑で逮捕・起訴されることとなった。しかし、浜田の認知症が進行し、控訴能力に疑問が生じたため公判は停止された。

2011年
【死去】日吉ミミ【歌手】

矯声と呼ばれる声質で知られた昭和の歌手。1967年に池和子の名義で『涙の艶歌船』でデビュー。曲に恵まれず、1969年に日吉ミミに改名し再びデビュー。改名後の1970年に出した『男と女のお話』がヒットとなり同年『NHK紅白歌合戦』出場へ。その後、1978年にTBSドラマ『ムー一族』の劇中歌に使われた『世迷い言』がヒット。1980年代からはフジテレビ『オレたちひょうきん族』に「ごっくん娘」として出演したことでも話題となった。1990年『北風ぴゅうぴゅう』を発表。2011年8月10日、膵臓ガンにより死去。没年64歳。