『ナターシャ・カンプッシュのポートレート』( マルティン・モラベク撮影)

2003年8月23日は、10歳で誘拐されていたオーストリアの少女、ナターシャ・カンプッシュが、その8年にもわたる誘拐監禁状態から逃げ出した日である。
そして、その誘拐犯であるヴォルフガング・プリクロピルが電車へ飛び込み自殺をした日である。
その誘拐犯の死亡を耳にした彼女は、同情の意を示したという、いわゆる「ストックホルム症候群(誘拐、監禁党の厳しい環境に陥った被害者が、長時間共に過ごすことにより加害者に同情したり好意を抱いてしまう症状)」のエピソードで話題になった事件であった。
解放後、事件の後遺症と闘いながら2010年に大学を卒業したナターシャは、その監禁の経験を「地下室に閉じ込められ、数度のレイプがありながらも、ラジオ・書籍は与えられたという意外に文化的な環境にあった」と語った。
それらの詳細を明らかにした事件の告白本『3,096 Days』を出版したが、その出版後のインタビューで「ストックホルム症候群」を「厳しい状況下での合理的な反応に過ぎない」と否定したことでも話題となった。
ちなみに、この8月23日は、そもそも「ストックホルム症候群」が命名されるきっかけとなった「ノルマルム広場強盗事件」の発生した日でもある(1973年)。
ストックホルム中心部の銀行に立てこもった犯人のヤン=エリック・オルソンが立てこもり中に寝ている間、人質が警察を威嚇していたということがあったのだ(ちなみに犯人は逮捕されたがその出所後も罪を重ね、後日『Stockholms-syndromet』なる著書を出版)。
実際のところ、ナターシャのケースがどちらだったかはわからないが、8月23日はこの奇妙な人間の習性「ストックホルム症候群」にまつわる日であることは間違いない。

(写真はナターシャ・カンプッシュのウェブサイトより)

8月23日の不幸

1849年
【死去】エドワード・ヒックス(Edward Hicks)【画家/アメリカ合衆国】

19世紀のアメリカの画家で敬虔なクエーカー(キリスト友会)教徒として知られる人物。1803年にクエーカーに入信、1812年から巡回伝道者としてフィラデルフィアを巡り、各地で家具に絵を描きながら生計を立てる生活を送る。1834年に代表作『Peaceable Kingdom(平和な王国)』を発表。1849年8月23日に死去。没年69歳。

1892年
【死去】デオドロ・ダ・フォンセカ(Manuel Deodoro da Fonseca)【軍人・政治家/ブラジル】

軍人として陸軍元帥まで登り詰め、リオグランデ・ド・スル州知事にも就任し政界進出もしたが、共和主義者との交流でブラジル帝国政府からその身を狙われ、軍事クーデターに参加。その指揮官として皇帝ペドロ2世を退位させ1891年2月にブラジルの初代大統領となったが、同年11月に辞職。翌年8月23日に65歳で死亡した。

1900年
【死去】黒田清隆【武士・軍人・政治家】

幕末期の薩摩藩士として薩長同盟に携わり、戊辰戦争と箱館戦争で新政府軍を参謀として牽引した人物。その後開拓使の長を務めながら西南戦争でも功を上げ第一次伊藤内閣に於いて農商務大臣を務め、1888年4月に第2代内閣総理大臣に就任。在任中に大日本帝国を発布したが、不平等条約の改正に失敗で国内の反感を買い翌年10月に辞職。その後は元老となって枢密顧問官、逓信大臣、枢密院議長を歴任した。脳出血で59歳没。

1927年
【冤罪事件】【死刑】「サッコ・ヴァンゼッティ事件」

1920年のアメリカで起き、世界的な問題にまで飛び火した冤罪事件。靴工場での強盗殺人の犯人として逮捕されたイタリア移民、ニコラ・サッコとバルトロメオ・ヴァンゼッティが死刑となったが、50年後にマサチューセッツ州知事マイケル・デュカキスは、偏見と敵意による冤罪として二人の無実を公表し、処刑日の8月23日を「サッコとヴァンゼッティの日」とした。イタリア移民、共産主義者であったことがその原因であったとされる。

1944年
【死去】アブデュルメジト2世(abdulmecid ii)【政治家・カリフ/オスマン帝国】

オスマン家で最後のカリフ(1922年〜1924年)となった人物。オスマン帝国の一族として生まれるが、1922年に起こったトルコ革命により、オスマン帝国の帝政が廃止。そのため、皇太子であったアブデュルメジトは同年カリフに選出。1923年、政教分離によりカリフ制も廃止されたため、国外追放へ。1944年8月23日、亡命先のパリで心筋梗塞により死去。没年76歳。

1973年
【監禁強盗事件】「ノルマルム広場強盗事件」

ストックホルム中心部の銀行に立てこもった犯人のヤン=エリック・オルソンが立てこもり中に寝ている間、人質が警察を威嚇していたということがあった。ちなみに犯人は逮捕されたがその出所後も罪を重ね、後日『Stockholms-syndromet』なる著書を出版。「ストックホルム症候群」と命名される心理状況(誘拐、監禁党の厳しい環境に陥った被害者が、長時間共に過ごすことにより加害者に同情したり好意を抱いてしまう症状)のきっかけとなった。

1987年
【競技中事故死】ディディエ・ピローニ(Didier Joseph-Louis Pironi )【レーシングドライバー/フランス】

1978年にティレルからF1デビュー以来、リジェ、フェラーリを渡り歩き活躍したF1ドライバー。リジェ時代の1980年ベルギーグランプリで初優勝を上げ、生涯優勝3回、生涯獲得ポイント101を誇る活躍を見せたが、シーズンドライバーズポイントトップで迎えた1982年のドイツグランプリの予選で親友アラン・プロストと接触して車両は大破。両脚複雑骨折という重傷を負い、そのまま引退を余儀なくされた。その後パワーボートレーサーに転身を目論んだ矢先の1987年8月23日、サウサンプトン沖ワイト島近郊で開催された「パワーボート世界選手権」出場中に転覆事故を起こし、同乗していたクルー2人と共に死亡。没年35歳。死後に生まれた双子には、フェラーリ時代のチームメイト、ジル・ヴィルヌーヴと本人にちなみ「ジル」と「ディディエ」と名付けられた。

1989年
【政治事件】「バルトの道」

1989年8月23日、当時ソビエト連邦の構成共和国であったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)で起こった独立運動。約200万人が参加し、3カ国を結ぶ形で約600キロメートルにわたり人々が手を繋いで人間の鎖を形成した。

2002年
【死去】武上四郎【プロ野球選手・プロ野球監督】

サンケイアトムズに入団し、その後のヤクルト・スワローズ時代も含め、球団生え抜きで活躍した名二塁手。引退後はスワローズの監督を務めたが、選手層の薄さも相まって成績は奮わなかった。1990年代以降は読売ジャイアンツの打撃コーチも歴任した。肝不全で61歳没。

2003年
【殺人】ジョン・ゲーガン(John Geoghan)【司祭/アメリカ合衆国】

およそ130人の児童に性的虐待を行なっていたとされるローマ・カトリック教会の司祭。1962年にマサチューセッツ州の教区で補佐牧師に就く。この頃から児童に性的虐待を行なっていたとされ、1968年頃、治療のためセトン研究所へ収容。しかし、小児性愛は治らず、1991年に児童への性的虐待により起訴。1998年に教皇ヨハネ・パウロ2世から破門、2001年に再び虐待を行ない逮捕。2003年8月23日、収容中のソーザ・バラノフスキー矯正センターでジョセップ・ドゥルース受刑者に首を絞められ死亡。没年68歳。

2003年
【死去】ボビー・ボンズ(Bobby Lee Bonds)【プロ野球選手・指導者/アメリカ合衆国】

伝説的なメジャーリーガー、バリー・ボンズの実父であり、自身もキャリア通算で「300本塁打・300盗塁」を成し遂げた伝説的なオールラウンドプレイヤー。サンフランシスコ・ジャイアンツに1964年に入団し、1968年にMLBデビュー。1975年にニューヨークヤンキースに移籍するまで、俊足強打の外野手として活躍し、移籍後は引退まで7球団を渡り歩き1981年に現役引退(バリーは1986年にMLBデビュー)。通算成績1,886安打332本塁打。ちなみに「30-30」は5回達成している。引退後の1984年からクリーブランド・インディアンズで打撃コーチとなり、1993年からはバリーの入団していた古巣サンフランシスコ・ジャイアンツの打撃コーチを務めた。肺ガンと脳腫瘍で57歳没。ちなみに実兄のロバートはNFLプレイヤーであり、実姉のロジーは陸上のハードル選手として1964年の東京五輪に出場したというアスリート家系であった。

2006年
【死去】関敬六【コメディアン・俳優】

昭和から平成にかけて活躍したコメディアンでお笑いトリオ「スリーポケッツ」のメンバーとして知られる人物。フランス座の下積み時代を経て、1959年に渥美清らと「スリーポケッツ」を結成。一躍人気コメディアンへ。トリオ解散後、1975年に劇団を旗揚げし俳優としても活動。また、海外アニメの吹替え声優としても活躍し、アニメ『宇宙忍者ゴームズ(ファンタスティック・フォー)』(1969年)の吹替えで発した「ムッシュムラムラ」は子供達の間で流行した。2006年8月23日、肺炎のため死去。没年78歳。

2006年
【監禁誘拐事件】「オーストリア少女監禁事件」

10歳で誘拐されていたオーストリアの少女、ナターシャ・カンプッシュが、その8年にもわたる誘拐監禁状態から逃げ出し、ウィーン近郊で警察により保護された。同日、その誘拐犯であるヴォルフガング・プリクロピルが電車へ飛び込み自殺。その誘拐犯の死亡を耳にした彼女は、同情の意を示したために、いわゆる「ストックホルム症候群」のエピソードで社会的な話題になった。解放後、事件の後遺症と闘いながら2010年に大学を卒業したナターシャは、後にその監禁生活を「地下室に閉じ込められ、数度のレイプがありながらも、ラジオ・書籍は与えられたという意外に文化的な環境にあった」と語り、それらの詳細を明らかにした事件の告白本『3,096 Days』を出版。後の映画化『3096日』と合わせて、得られた報酬でスリランカに小児病院を設立した。ちなみに、著書出版後のインタビューでは「ストックホルム症候群」を「厳しい状況下での合理的な反応に過ぎない」と否定した。

2006年
【死去】メイナード・ファーガソン(Walter Maynard Ferguson)【ミュージシャン/カナダ】

10代の天才トランペット少年としてのデビュー以来長きにわたり活躍したジャズトランペット奏者。日本では、その代表曲『スター・トレックのテーマ』が『アメリカ横断ウルトラクイズ』のテーマとして、『Conquistador』は具志堅用高の入場テーマとして、知られている。腎臓、肝臓への感染症で死去。没年78歳。

2007年
【死去】西村寿行【小説家】

主にハードロマンの作風で知られる小説家。1969年『犬鷲』が第35回オール讀物新人賞佳作に入選し作家デビュー。1970年代は『瀬戸内殺人海流』や『安楽死』などを発表し社会派ミステリー作家として注目される。1975年、映画化も成された冒険小説『君よ憤怒の河を渉れ』を発表。その後も『犬笛』、『滅びの笛』(共に1976年)、『去りなんいざ狂人の国を』(1978年)など冒険小説、パニック小説、ハードロマンなど幅広いジャンルの小説を執筆。2007年8月23日、肝不全のため死去。没年76歳。

2011年
【引退】「島田紳助芸能界引退」

人気司会者であり、タレントの島田紳助が22時から行なわれた記者会見で芸能界引退を発表。引退の理由は「暴力団関係者との交際が発覚したために自らの意志で」とし、「自分の中ではセーフと思っていたが、芸能界のルールとしてはアウトだった」と語った。