『生前の見沢知廉』

2005年9月7日は、作家であり新右翼の活動家だった見沢知廉が飛び降り自殺を遂げた日である。
新右翼の「一水会」で統一戦線義勇軍書記長に就任し、イギリス大使館への火炎瓶攻撃等に参加したが、「スパイ粛正事件」の主犯として殺人罪で逮捕され、12年の懲役刑に服した後に、第25回新日本文学賞佳作の『天皇ごっこ』ほか様々な著作を見沢知廉名義で発表した。
晩年は脳梗塞で倒れるなど心身のバランスを崩し、抗うつ剤を常用。
仕事にまで支障をきたすことが多くなり、2004年には小指を徐々に切っていくという壮絶な自殺を図るが、母親により発見され一命をとりとめる。
しかしその翌年、横浜の自宅マンションの8階から飛び降り自殺。
経済的に困窮していたとも言われている。
生前、自らの犯した殺人を肯定していた見沢だったが、その実、作家として文章でその事件を扱うことに腐心したままの自死だったといわれている。
果たして、殺人という過去の罪が自殺を呼んだのだろうか?
永遠にその真相はわからないが、《右翼と左翼》、《暴力と知性》、《殺人と自死》、極端から極端行き来した見沢知廉の人生は、多くの人間が考えるべき事例のひとつである。

(画像は映画『天皇ごっこ 見沢知廉・たった一人の革命』より使用)

9月7日の不幸

1566年
【死去】スレイマン1世(Kanuni Sultan Süleyman I)【皇帝/オスマン帝国】

16世紀中頃にオスマン帝国第10代皇帝(1520年〜1566年)となり、帝国の最盛期を築いたことで知られる人物。1520年に皇帝に即位し、翌年ベオグラードを攻略。その後も第一次ウィーン包囲(1529年)、バグダード攻略(1534年)、地中海の制海権掌握(1538年)など帝国の領土を拡大し、モスクの建設や統一的支配機構の整備を行なった。1566年9月7日、ハンガリー遠征中に死去。没年71歳。

1809年
【死去】ラーマ1世(Rama Ⅰ)【軍人・政治家/タイ】

18世紀タイのチャクリー王朝創始者で初代国王(1782年〜1809年)となった人物。アユタヤ王朝時代は士官として仕え、トンブリー朝が興るとタークシン王の元で将軍に昇格。1782年、タークシン王が精神に異常をきたしたため、国内の混乱を避ける目的から国王を処刑。その後、自ら国王に即位。同年、チャクリー王朝を樹立し首都バンコクを建設した。1809年9月7日病により死去。没年72歳。

1910年
【死去】ウィリアム・ホルマン・ハント(William Holman Hunt)【画家/イギリス】

19世紀から20世紀にかけて活躍したラファエル前派の画家。代表作には『Awakening Conscience(良心の目覚め)』(1853年)、『The Lady of Shalott(シャロットの女)』(1905年)などがある。1848年、美術学生時代にジョン・エヴァレット・ミレーやダンテ・ゲイブリエル・ロセッティらと「ラファエル前派」を結成。その後、他のメンバーが方向性を変える中、ハントは「ラファエル前派」の特色を残した作品を描き続けた。1910年9月7日、老衰により死去。没年83歳。

1936年
【絶滅】「フクロオオカミ」タスマニア島に生息していた大型肉食獣。オーストラリア・タスマニア州ホバートの動物園で飼育されていた最後の一頭がが死亡し、絶滅した。
1939年
【死去】泉鏡花【小説家】尾崎紅葉門下に学び明治から昭和初期に賭けて活躍した幻想文学の先駆者。代表作に『高野聖』がある。癌性肺腫瘍で65歳没。
1953年
【死去】阿部信行【政治家・軍人】

陸軍士官学校を経て陸軍少将となり、参謀本部総務部長、陸軍省軍務局長、さらには陸軍中将として陸軍次官、台湾軍司令官を歴任。最終的には陸軍大将となり軍事参議官となった後の1939年8月30日に第36代内閣総理大臣に就任した人物。総理大臣就任とともに外務大臣も兼任したが、総理大臣就任の2日後に第二次世界大戦が勃発。参戦に反対の意見をとったために翌年1月16日に辞職した。終戦時は朝鮮総督として迎えたが、戦後の極東軍事裁判ではA級戦犯を免れ、公職追放処分に。1952年に追放処分が解除されたが、翌年77歳で死亡した。

1960年
【死去】ヴィルヘルム・ピーク(Friedrich Wilhelm Reinhold Pieck)【政治家/ドイツ】

ナチスドイツ政権下に於いて共産党が非合法化されたためにフランス経由でソ連に亡命、コミンテルンの総書記を務めた後に、終戦後の1949年に建国されたドイツ民主共和国(東ドイツ)の初代大統領となった人物。1960年9月7日に現職のまま心臓発作で死亡した。没年84歳。その死後、同国では大統領制が廃止された。

1962年
【死去】吉川英治【小説家】朝日新聞紙上で連載された、戦時下に於ける空前のヒット小説『宮本武蔵』を始め、『三國志』『新・平家物語』等多くのヒット作を手がけた歴史小説の大家。ガンのため70歳没。
1978年
【薬物中毒死】キース・ムーン(Keith Moon)【ミュージシャン/イギリス】世界的なロックバンド「ザ・フー」のドラマー。ドラマーとしての概念を覆すほど激しい演奏と数々の奇行で知られ、生涯アルコールとドラッグの依存症に苛まれていた。その両方の過剰摂取で突然死。没年32歳。
1994年
【死去】テレンス・ヤング(Terence Young)【映画監督/イギリス】

007シリーズの最初期の監督として知られる映画監督であり、1作目の『ドクター・ノオ』から『ロシアより愛をこめて』『サンダーボール作戦』と3作品にわたり監督を務めた。日本には三船敏郎出演の西部劇『レッド・サン』の監督としても知られている。ドキュメンタリーフィルム撮影中にフランス・カンヌで心不全のため死亡。没年79歳。

1997年
【死去】モブツ・セセ・セコ(Mobutu Sese Seko Kuku Ngbendu wa za Banga)【軍人・政治家/コンゴ民主共和国】

ザイール(現コンゴ民主共和国)の軍人で第2代大統領(1965年〜1997年)となった人物。1958年、パトリス・ルムンバが創立したコンゴ国民運動に参加。1960年にコンゴ民主共和国が独立を果たすと軍の参謀総長に就任。1960年、コンゴ動乱初期に起こったクーデターで実権を握り首相であったルムンバを逮捕。1965年に再びクーデターを起こし大統領に就任。その後、憲法を無効化させるなど独裁政治を行なう。1971年に国名を「コンゴ」から「ザイール」に、翌年自身の名前も「ジョゼフ=デジレ・モブツ」から「モブツ・セセ・セコ」へ改名。1996年、前立腺ガンの治療のためスイスの病院へ入院。1997年、ローラン・カビラ率いる反政府勢力がコンゴ・ザイール解放民主勢力連合 (AFDL)を結成しザイールを制圧したためモロッコへ亡命。同年9月7日、前立腺ガンのため死去。没年66歳。

2002年
【急死】カトリン・カートリッジ(Katrin Cartlidge)【女優/イギリス】ラース・フォン・トリアーなどの映画作品で活躍した女優。代表的な出演作に『奇跡の海』『デブラ・ウィンガーを探して』等。褐色細胞腫に由来する肺炎と敗血症の合併症で急死。41歳没。
2005年
【自殺】【怪死】見沢知廉【小説家・新右翼活動家】

作家であり新右翼「一水会」の統一戦線義勇軍書記長を務めた活動家。イギリス大使館への火炎瓶攻撃等に参加し、「スパイ粛正事件」の主犯として殺人罪で逮捕された。12年の懲役刑に服した後に、第25回新日本文学賞佳作の『天皇ごっこ』ほか様々な著作を発表。晩年は脳梗塞で倒れるなど心身のバランスを崩し、抗うつ剤を常用。仕事に支障をきたすことが多くなり、2004年には小指を徐々に切っていくという壮絶な自殺を図り、翌年、横浜の自宅マンションの8階から飛び降り自殺。没年46歳。

2007年
【死去】ジョン・コンプトン(Sir John George Melvin Compton)【政治家/セントルシア】

セントルシア独立後初の首相(1979年)となった人物。1954年に初当選しセントルシア労働党(SLP)へ入党。1958年、貿易生産相に就任し同党の副党首へ。その後、離党し国民労働運動党、統一労働者党を結成。1967年、イギリス政権下でセントルシア首相に就任。1979年に独立を果たすと初代首相へ。1982年〜1996年、2006年~2007年と3度にわたり首相に就任し、2007年9月7日の任期中に肺炎による感染症で死去。没年82歳。

2010年
【社会事件】【海上事故】「尖閣諸島中国漁船衝突事件」

2010年9月7日、尖閣諸島付近をパトロール中の巡視船「みずき」が中国籍の漁船を発見。日本領海からの退去を命じるも違法操業を続けた後、巡視船「よなくに」「みずき」の2隻に衝突。このため、同漁船の船長を公務執行妨害で逮捕した。その後、那覇検察審査会は船長に外国人漁業規制法違反、建造物損壊罪、公務執行妨害で起訴議会を下すも、船長が中国へ帰国したため公訴棄却となった。同年11月に漁船衝突時の映像がYouTube上に流出し話題に。

2011年
【航空事故】「ヤロスラヴリ旅客機墜落事故」

2011年9月7日、ロシアのプロアイスホッケーチーム「ロコモティフ・ヤロスラヴリ」の選手・コーチを乗せたヤク・サービス所属のYak-42Dがロシア・ヤロスラヴリ州のヴォルガ川に墜落。この事故で乗客乗員あわせて44人全員が死亡した。事故原因はパイロットによる操作ミスであることが発表された。

2014年
【死去】山口淑子【女優・歌手・政治家】中国・奉天生まれ。瀋陽銀行の頭取・李際春の義理の娘として李香蘭の名を得る。その後、満州映画協会の作品で中国名の女優・李香蘭としてデビューし、即、日本、満州で絶大な人気を誇るスターダムに。日本の敗戦後は中国名での『支那の夜』等の出演を中国政府に問われ、国外追放に。日本に帰国後、山口淑子として芸能活動をし、『3時のあなた』等で活躍した。晩年は田中角栄に請われ自民党の政治家として参議院議員に当選した。心不全で94歳没。
2017年
【自然災害】「2017年チアパス地震」

2017年9月7日にメキシコ・チアパス州沖で発生した最大マグニチュード8.2地震。この地震による死者はおよそ90人とされ500人以上が住宅を失った。