『1956年頃に撮影されたジェームス・ディーンの宣材写真』

1955年9月30日は、アメリカが生んだ稀代の俳優、ジェームス・ディーンが交通事故により死亡した日である。
24歳の時の初主演映画『エデンの東』でいきなりアカデミー主演男優賞にノミネートされるなど、若くしてその才能を発揮。
その後『理由なき反抗』『ジャイアンツ』に出演したが、その時代の若者の気持ちを代弁するような危うさに満ちた存在感は、まさに時代を震撼させるような飛び抜けたものだった。
この写真は未だタバコが反骨の象徴として多用されていた時代の宣材写真であるが、映画中にも数々の表現規制が横行する現在とは隔たりを感じさせるものである。
最後は『ジャイアンツ』の撮影終了直後にサリナスで行なわれるレースに出場するために向かっている最中に学生の運転する車が衝突。
同乗していた自動車修理工と接触してきた相手ドライバーは軽傷に終わったが、ディーンは即死だった。
その時、変わらず24歳。スターダムにのし上がった年に死亡するというたった1年限りの黄金期だけで、ジェームス・ディーンは時代を象徴する“永遠の若者”となったのである。

(画像はWikipedia James Deanより使用。Public Domain)

9月30日の不幸

1571年
【宗教事件】「比叡山焼き討ち」

1570年8月26日の「野田城・福島城の戦い」で浅井長政、朝倉義景軍に味方したとして、翌年9月30日、戦国大名の織田信長が比叡山の延暦寺を焼き討ち。4,000人ともいわれた僧兵たちが全滅させられたといわれ、僧侶、子供も皆首を跳ねられたといわれている。近年の調査により、この事件以前に消滅していた建物が多かったともいわれ、その惨殺の規模には疑問符が付けられている。

1955年
【交通事故死】【夭折】ジェームス・ディーン(James Byron Dean)【俳優/アメリカ合衆国】

アメリカが生んだ稀代の俳優。24歳の時の初主演映画『エデンの東』でいきなりアカデミー主演男優賞にノミネートされるなど、若くしてその才能を発揮した。その後『理由なき反抗』『ジャイアンツ』に出演。『ジャイアンツ』の撮影終了直後にサリナスで行なわれるレースに出場するために向かっている最中に学生の運転する車が衝突。同乗していた自動車修理工と接触してきた相手ドライバーは軽傷に終わったが、ディーンは即死だった。没年24歳。

1978年
【死亡】山岡荘八【小説家・編集者】

雑誌編集の傍ら執筆を開始し、1942年からは従軍作家として戦線で活動。戦後は公職追放となり、1950年から後の代表作となる『徳川家康』を連載開始。同作の大ヒットにより昭和を代表する歴史小説家として国民的人気作家となった。『徳川家康』を始め、その後の『伊達政宗』『織田信長』『春の坂道』で4度のNHK大河ドラマの原作となったことでも知られている。1978年9月30日、ホジキン病に急性肺炎を併発し71歳没。

1985年
【死去】シモーヌ・シニョレ(Simone Signoret)【女優/フランス】

1951年の映画『肉体の冠』と1957年の『サレムの魔女』で英国アカデミー賞主演女優賞を受賞し、1958年の映画『年上の女』ではアカデミー主演女優賞とカンヌ国際映画祭女優賞と英国アカデミー賞主演女優賞を同時受賞したことで知られるフランスを代表する演技派女優。私生活ではイヴ・モンタンの妻として知られ(彼女にとっては再婚)、モンタンとマリリン・モンローの不倫疑惑などもあったが、生涯婚姻関係は続いた。膵ガンで64歳没。パリのペール・ラシェーズ墓地に葬られ、1991年11月9日に死んだモンタンはシニョレの横に埋葬された。

1985年
【死去】チャールズ・リクター(Charles Francis Richter)【地震学者/アメリカ合衆国】

地震の大きさを図る単位「リクター・スケール(リクター・マグニチュード)」の考案者として知られる地震学者。自身の出身校でもあるカリフォルニア工科大学でその研究を続けた。うっ血性心不全で85歳没。

1991年
【最終回】「『フジ三太郎』連載終了」

1965年4月1日から『朝日新聞』紙上で連載されたサトウサンペイ作の4コマ漫画『フジ三太郎』がこの日で終了。全8,168回。

1999年
【原発事故】「東海村JCO臨界事故」

茨城県那珂郡東海村に所在地を置く株式会社JCOの核燃料加工施設で、ウラン溶液が臨界状態に到達したために核分裂連鎖反応が発生。そのまま20時間ほど持続し、至近距離で放射線を浴び続けた3人の作業員のうち2人が死亡。残る1人は重傷。その他にも667人が被爆する大事件に発展。国内初の事故被曝による死亡者を出した原発事故となった。

2009年
【自然災害】「スマトラ島沖地震」

インドネシア・スマトラ島沖で2009年9月30日10時16分9秒にモーメントマグニチュード7.5の地震が発生。津波の発生はなかったものの、1,100万人もの死者が出た大惨劇であり、中でも、建物の倒壊により1,000万人もの使者が出たといわれている。