『永易将之の八百長を報じる1969年10月8日の報知新聞』

1969年10月8日は、日本プロ野球創設以来最大のスキャンダル、野球賭博事件「黒い霧事件」の始まりとして、西鉄ライオンズの投手、永易将之の八百長報道がされた日である。
この年、暴力団関係者に請われて敗退行為をしていた永易を調査していた西鉄ライオンズはその証拠を掴み、永易の解雇を決定していたが、その情報を掴んだ『読売新聞』、『報知新聞』が10月8日に報道。
コミッショナーにより永易は永久追放処分となったが、その後にメディアに出演した永易はエース格の池永正明を含む6人のチームメイトの名を告白、さらには他球団選手、そしてオートレースでの八百長容疑にまで繋がる大スキャンダルへと発展した。
結果的に永易、池永を含む6人の現役選手が永久追放処分、暴力団との交際が明るみになった江夏豊を含む13人が処罰を受けるという結果となった。
このように先の見えない、不気味なまでの不正行為の広がりが、“黒い霧”と形容されたのである。
2015年に発覚した笠原将生ら読売ジャイアンツの選手らによる野球賭博問題もまだ記憶に新しいところだが、果たして、その霧は全て収まったのであろうか。

(画像は『報知新聞』1969年10月8日版)

10月8日の不幸

1807年
【自殺】アンリ・クリストフ(Henry Christophe)【ハイチ/軍人・政治家】

黒人奴隷の家庭に生まれ、1791年の「ハイチ革命」で頭角を現わし将軍にまで昇格。1807年2月17日にハイチ国(北ハイチ)大統領に、そして1811年3月26日にハイチ王国国王に即位した人物。「アンリ法典」を制定するなど法整備に務めたが、独裁者として孤立し、軍部のクーデターを恐れ1820年10月8日に拳銃自殺。

1869年
【死亡】フランクリン・ピアース(Franklin Pierce)【政治家/アメリカ合衆国】

弁護士から民主党員となり政治家に転身し、ニューハンプシャー州上院議員、アメリカ合衆国下院議員、ニューハンプシャー州下院議長を歴任し、1953年に第14代アメリカ合衆国大統領に就任した人物。就任一カ月で副大統領のウィリアム・キングが急死するなど、不運な大統領として知られる人物で、私生活でも3人の子供を幼児期に失うという悲劇的な人生を送った。大統領退任後の晩年はアルコール依存症に苦しみ、1869年10月8日に肝硬変で死亡。没年64歳。

1895年
【政治事件】【殺人事件】「乙未事変(いつびじへん)」

1895年10月8日、李氏朝鮮第26代国王・高宗の王妃であった閔妃が、王宮に乱入した日本軍守備隊、朝鮮親衛隊らによって暗殺された事件。事件は日本公使・三浦梧楼らにより計画されたもので、当時の朝鮮における日本の勢力を挽回するため、ロシアに接近していた閔妃を殺害するに至った。事件関係者は、日本政府により裁判にかけられた後、証拠不十分として全員釈放されている。

1967年
【暴動】「第一次羽田事件」

反戦、反米感情が高まっているさなか、当時の佐藤栄作首相の東南アジア歴訪を阻止しようとした新左翼各派が羽田空港で機動隊と衝突した事件。あらゆる方向からバリケードを崩し羽田空港に向かったが、中核派の攻撃した弁天橋で京都大学の学生山崎博昭が死亡した。結果的に佐藤首相は予定通りに外遊に飛び立ち、58人が公務執行妨害罪、凶器準備集合罪等の容疑で現行犯逮捕された。

1969年
【スポーツ賭博】【八百長事件】「黒い霧事件発覚」

日本プロ野球創設以来最大の野球賭博事件「黒い霧事件」の始まりとして、西鉄ライオンズの投手、永易将之の八百長を放置新聞が報道。この年西鉄ライオンズは永易の解雇を決定していたが、暴力団関係者に請われて敗退行為をしていたという情報をが明らかになった。コミッショナーにより永易は永久追放処分となったことに加え、永易はエース格の池永正明を含む6人のチームメイトの名を告白したために、他球団選手、さらにはオートレースでの八百長容疑にまで繋がる大スキャンダルへと発展。結果的に永易、池永を含む6名の現役選手が永久追放処分、暴力団との交際が明るみになった江夏豊を含む13名がなんらかの処罰された。

1987年
【スポーツ事件】「かませ犬発言」

東京・後楽園ホールで行なわれた新日本プロレスの興行で、長州力がその日のタッグパートナーであった藤波辰巳に「俺はオマエの噛ませ犬じゃない」と発言。後のインタビューでに自らこの発言を明かし、反逆の"革命戦士"として絶大な人気を獲得するきっかけとなった。

1991年
【殺人事件】「国勢調査員殺害事件」

1990年10月8日、第15回国勢調査中に非常勤の国家公務員として勤務中であった主婦(当時36歳)が訪問先の男性(当時25歳)に殺害された事件。事件直後は滑落による事故死とされたが、司法解剖の結果絞殺されたことが判明。翌日、犯人が出頭したため、逮捕された。犯人は衝動的に主婦を殺害後、遺体を農道脇の竹やぶに遺棄したことを供述した。1991年、犯人は懲役18年の実刑判決となっている。

1995年
【宗教事件】「上祐史浩逮捕」

オウム真理教教団幹部で同教団の顔としてスポークスマン的役割を担っていた外報部長の上祐史浩が逮捕。実行犯ではないために逮捕を免れていたが、熊本県阿蘇郡波野村(現・阿蘇市波野)の土地取得に関する「国土利用計画法違反事件」で逮捕された。その後の公判で懲役3年の実刑判決が下り、広島刑務所に服役。

2001年
【航空事故】「リナーテ空港衝突事故」

2001年10月8日、イタリア・ミラノのリナーテ空港でスカンジナビア航空686便(MD-87型機)とドイツ籍のジェット機セスナサイテーションが滑走路上で衝突した事故。衝突はセスナサイテーションが濃霧の中、管制塔の指示に反し、スカンジナビア航空686便が離陸態勢に入っていた滑走路内に誤進入したため起こった。この事故により686便の乗員乗客あわせて110人全員、セスナサイテーションも乗員乗客あわせて4人全員が死亡した。

2001年
【死去】ハーバート・ロス(Herbert Ross)【映画監督/アメリカ合衆国】

アメリカン・バレエ・シアターでダンサー、振付師を経て1969年の『チップス先生さようなら』で映画監督デビュー。アカデミー賞監督賞にノミネートされた映画『愛と喝采の日々』の他、『フットルース』『摩天楼はバラ色に』等、1980年代を代表するエンターテインメント大作でその才能を発揮した。心疾患で74歳没。

2004年
【死去】ジャック・デリダ(Jacques Derrida)【思想家・哲学家/フランス】

ポスト構造主義を代表する世界的な哲学の権威であり、ニーチェやハイデッカーら先人の哲学を軽傷、発展させた人物として知られる人物。代表的な著書に代表的な著作に『グラマトロジーについて』『エクリチュールと差異』等。2003年に膵ガンに罹り、翌年死亡。没年74歳。

2010年
【死去】池部良【俳優・随筆家】

東宝撮影所シナリオ研究所に研究生として入所後、東宝に入社。若手俳優として活動し始めたところの1942年に陸軍に招聘され戦争体験を送った。終戦後の1949年の『青い山脈』で爆発的な人気を獲得し、一躍二枚目スターに登り詰めた。その後も『坊っちゃん』『雪国』『暗夜行路』と人気文芸作品で活躍。『毎日新聞』に『そよ風ときにはつむじ風』を連載するなど、エッセイストとしても活躍。日本映画俳優協会初代理事長としても活動した。敗血症で92歳没。