『1774年に出版された「若きウェルテルの悩み」の初版本』

1772年10月30日は、ゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』のモデルとなったとされる人物、カール・イェルザレムが拳銃自殺した日である。
その物語は「主人公のウェルテルが婚約中のシャルロッテに叶わぬ恋心を抱き、最終的には絶望の中で自殺してゆく」というストーリーであるが、実際には「ゲーテ自身がシャルロッテ・ブッフなる友人と婚約中の女性への失恋で思い悩んでいた」際に、「友人のカール・イェルザレムが人妻との失恋を苦に拳銃自殺を遂げた」という2つの悲恋を組み合わせて、自らの作品として完成させたもので、1774年の出版以来、すぐさま英語、フランス語、イタリア語等に翻訳されてヨーロッパ中で大ベストセラーになった。
そしてウェルテルのモデルとなった人物がカール・イェルザレムと特定されると、その墓は《自殺の聖地》となり、彼を追って自殺を選択する若い青年が急増したという。
1974年には、その社会現象をアメリカの社会学者・デビッド・フィリップスが《ウェルテル効果》と名付け、「(有名人の)自殺のマスメディア報道に(若者の)自殺率を促進する効果」があることを証明した。
悲恋に思い悩んだ1人の青年の自殺は、ある偉大な才能の仕事により、文学、そして人類の歴史となって、200年以上が経過した現在社会に生き続けているのだ。

(写真はWikipedia The Sorrows of Young Werther より使用。Public Domain)

10月30日の不幸

1654年
【急死】【夭折】後光明天皇【天皇】

江戸時代前期に第110代天皇(1643年〜1654年)となった人物。1643年9月に11歳で元服し、同年10月に天皇へ即位。1654年10月30日、天然痘により急死。没年21歳。

1747年
【自殺】カール・ヴィルヘルム・イェルザレム(Karl Wilhelm Jerusalem)【法学者/ドイツ】ライプツィヒ大学時代のゲーテの友人であり、ヴェツラール時代に交遊を深めた法学者。人妻に恋心を抱いたが失恋に終わり、ピストルで自殺。没年25歳。その訃報を聞いたゲーテはイェルザレムをモデルとして代表作『若きウェルテルの悩み』を書き上げる。その作品のヒットによりイェルザレムの墓は自殺する青年の聖地となり、多くの後追い自殺者を出した。その現象はまた『ウェルテル効果』と呼ばれ後世に名を残した。
1903年
【死去】尾崎紅葉【小説家・俳人】江戸生まれで明治期に活躍した小説家。1897年から読売新聞紙上で連載開始された代表作『金色夜叉』が人気を博すが、未完のうちに胃ガンで死去。没年35歳。
1910年
【死去】アンリ・デュナン(Jean Henri Dunant)【実業家/スイス】銀行員として務める傍ら1952年にジュネーブYMCAを設立、慈善活動に精を出した。1959年にソルフェリーノの戦いの負傷者救援活動に参加し、その活動に際し「人類みな兄弟」との言葉を残した。その後1863年に国際赤十字を創立、"赤十字の父"として晩年まで貧しい中で活動し続けた。1901年に第1回ノーベル平和賞を受賞。老衰のため没年82歳。
1916年
【死去】ピーター・ドッヅ・マコーミック(Peter Dodds McCormick)【作曲家・教師/オーストラリア】

オーストラリア国歌『Advance Australia Fair』の作者として知られるオーストラリアの作曲家および教師。1863年に教師となり、仕事に従事する傍ら多くの慈善活動へ参加。この頃、教会の合唱イベントの運営に関わったことで作曲家としての活動も開始。1878年に『Advance Australia Fair』を発表、その後、同歌はオーストラリアで人気となり、1984年に国歌として採用されることとなった。1916年10月30日、老衰により死去。没年83歳。

1923年
【死去】アンドルー・ボナー・ロー(Andrew Bonar Law)【政治家/イギリス】

「第一次世界大戦」時にイギリスの首相(1922年〜1923年)となった人物。1900年、保守党の庶民院議員に選出。1902年に商務庁政務次官へ、1911年には党庶民院院内総務へ就任。「第一次世界大戦」勃発後の1915年に、自由党・保守党の連立政権挙国一致内閣を樹立させ、植民地大臣へ就任。その後、財務大臣、庶民院院内総務などを歴任し、1922年に首相へ就任。在任中に咽頭ガンを患い翌1923年に退任、同年10月30日ガンにより死去。没年65歳。

1930年
【死去】豊田佐吉【発明家・実業家】豊田式木製人力織機等多くの特許を獲得した発明家であり、豊田紡績、豊田自動織機の創業者であり、トヨタグループの創始者。脳溢血からの肺炎で死去。没年63歳。
1938年
【放送事故】「宇宙戦争放送事件」

1938年10月30日、オーソン・ウェルズの番組であったアメリカのラジオ番組『The Mercury Theatre on the Air(マーキュリー放送劇場)』内でハロウィンの特別番組としてH.G.ウェルズのSF小説『宇宙戦争』の翻案『宇宙戦争』を放送。この時、舞台を当時のアメリカに変更し、目撃者の回想などドキュメンタリー要素も取り入れたニュース速報のような形で放送したため、聴取者から本物のニュースと勘違いされ、アメリカ内で120万人以上が大パニックとなった。

1961年
【死去】ルイージ・エイナウディ(Luigi Einaudi)【経済学者・政治家/イタリア】

イタリアの経済学者および政治家で第2代イタリア大統領(1948年〜1955年)となった人物。1902年に財政学の教授をしながら多くの著作を発表。1919年に上院議員へ選出され、1945年にイタリア中央銀行総裁へ就任。1947年、副首相および予算大臣を兼任し、翌年大統領に就任。1955年に任期を終え退任後の1961年10月30日、老衰により死去。没年87歳。

1996年
【殺人未遂】「御嵩町長襲撃事件」

1996年10月30日、岐阜県可児郡御嵩町の町長・柳川喜郎(当時63歳)が自宅マンションのエレベーター近くで2人組に襲われ、頭蓋骨骨折の重傷を負った事件。町長は御嵩町の廃棄物処理場建設反対を掲げて当選しており、処分場を計画した産業廃棄物処理業者「寿和工業」が関与したのではないかと推測されたが、同社は不問に終わった。また、事件発生直前に町長の自宅から盗聴器が発見され11人が逮捕されているが主犯格のメンバーは反対派町長のスキャンダルを探すため」と供述し、同工業から数千万円の現金を受け取っていたがこの件に関しても不問であった。実行犯は捕まらないまま、2011年に時効を向かえた。

1997年
【死去】サミュエル・フラー(Samuel Fuller)【映画監督/アメリカ合衆国】

1950年代からアメリカの独立系映画を手がけてきた映画監督。アメリカではマイナーな監督の1人という評価であったが、ヨーロッパでは作家性を評価され、ヴィム・ヴェンダース、アキ・カウリスマキらの1990年代インディー映画監督の作品で役者として起用された。ジャン=リュック・ゴダール監督の1965年の作品『気狂いピエロ』出演時の台詞「映画とは、戦場のようなもの。愛、憎しみ、アクション、暴力、死......一言で言うなら、感情だ!」は有名

2002年
【射殺】ジャム・マスター・ジェイ(Jam Master Jay)【DJ・ラッパー/アメリカ合衆国】

エアロスミスの代表曲『Walk This Way』をリメイクした同名曲で大ヒットを飛ばしたアメリカのヒップホップグループ「Run-D.M.C.」のDJ、ラッパー。ニューヨーク・クィーンズのレコーディングスタジオで何者かに射殺されて死亡。没年37歳。

2010年
【死去】野沢那智【声優】アラン・ドロン、『スターウォーズ』シリーズのC-3PO役などの映画吹き替えから、アニメでは『スペースコブラ』のコブラ役、『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男役など、数々のハマリ役で知られる人気声優。タレント・野沢直子の叔父としても知られる。肺ガンで72歳没。
2012年
【死去】藤本義一【小説家・放送作家】テレビ・ラジオドラマの脚本に携わっていたが、1965年から放送開始された深夜テレビバラエティ『11PM』大阪版のメインMCとしてお茶の間の顔に。1974年の『鬼の詩』で第71回直木賞を受賞した。中皮腫で79歳没。