『1978年に発売された松田優作「Uターン」のレコードジャケット』

1989年11月6日は、『太陽にほえろ!』『探偵物語』等のテレビドラマで、若者を中心にカリスマ的人気を誇った俳優の松田優作が死亡した日である。
1989年公開のリドリー・スコット監督作『ブラック・レイン』の出演が決まっていた時点で既にガンに冒されていた。
同作での延命治療を断っての鬼気迫る演技は、マイケル・ダグラス、高倉健という大物共演者の中にあっても抜群の存在感を放つものであり、“初のハリウッド進出!”という宣伝句が陳腐に思われるほどに鬼気迫る形相であった。
そしてその病状を知人・関係者にはほとんど告げぬまま、膀胱ガンの転移で40歳没。
早世していった数々の大スターと同じく、多くの代表作を遺しての死だった。
現代社会に松田優作の遺していった強烈な存在感を顧みるに、安易に“早過ぎる死”とは言い難い。

(画像は「Uターン」〈1978年/発売=ビクター〉)

11月6日の不幸

1003年
【死去】ヨハネス17世(Ioannes XVII)【ローマ教皇/イタリア】

10世紀にローマ教皇(1003年6月~1003年11月)となった人物。1003年6月にローマ教皇に就任するも同年11月6日に死去。没年齢不明。

1231年
【死去】土御門天皇【天皇】

鎌倉時代に第83代天皇となった人物。1198年に3歳で天皇に即位し、1210年に順徳天皇へ譲位。1221年「承久の乱」が勃発、土御門は処罰の対象ではなかったが、父である後鳥羽院が遠流となったため自ら志願し土佐国へ遠流される。その後、阿波国へと移され、1231年に出家。同年11月6日に死去。没年37歳。

1893年
【急死】ピョートル・チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky)【作曲家/ロシア】

不朽のバレエ音楽『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』の作曲家として知られる19世紀ロシアを代表する世界的音楽家。交響曲、協奏曲の分野でも多くの名曲を残した。私生活では同性愛者であったということが関係者の証言から明らかになってきており、1893年11月6日の死についても、「皇帝アレクサンドル3世に貴族の男子との関係を咎められ服毒自殺を言い渡された」という都市伝説的な噂が広まっていた。その後の研究により、肺水腫もしくはコレラにより死亡したという説が有力である。53歳没。その葬儀はアレクサンドル3世によりサンクトペテルブルク・カザン大聖堂にて国葬となった。

1918年
【死去】出口なお【宗教家】

56歳で迎えた1892年2月3日に「艮(うしとら)の金神」が帰神したことにより開教したという新宗教「大本」の開祖。娘婿となった出口王任三郎とともに、千年王国的救済思想を謳う同教団の礎を築いた。1910年に出口家を譲り隠居し、1918年11月6日に信者たちに囲まれながら死亡した。没年81歳。

1941年
【死去】モーリス・ルブラン(Maurice Marie Émile Leblanc )【小説家/フランス】

純文学小説家としての活動で40歳になっても経済的に困窮を極めていたが、大衆小説への転向1作目となる1905年『アルセーヌ・ルパンの逮捕』がヒットとなり、その後、当時世界的に流行していたシャーロック・ホームズのアンチヒーロー=『怪盗ルパン』シリーズで全世界的な成功を収めた人物。その国民的人気は『アルセーヌ・ルパンの創造』によってフランス政府からレジオンドヌール勲章が贈られたほどであった。晩年は肺鬱血症などを患い、1941年11月6日に死亡。没年76歳。死後の2012年には、1936年〜1937年頃のものといわれる『ルパン最後の恋』の原稿が発見され、出版された。

1965年
【死去】エドガー・ヴァレーズ(Edgard Victor Achille Charles Varèse)【作曲家/フランス・アメリカ合衆国】

19世紀末のフランスに生まれ、1927年にアメリカに帰化した現代作曲家。打楽器やサイレン、電子楽器の使用等、それまでの現代音楽にはない新たな要素を持ち込み、ブゾーニ、ストラヴィンスキーらにより形成されてきた現代音楽に、新たな地平を開いたといわれている人物。代表曲に『アメリカ』『密度21.5』『ポエム・エレクトロニク』等。81歳没。

1968年
1968年【自殺】チャールズ・バトラー・マクベイ3世(Charles Butler McVay III)【軍人/アメリカ合衆国】

「第二次世界大戦」期のアメリカの海軍軍人で、大戦中、艦艇を喪失させた罪により軍法会議にかけられた唯一の人物。海軍軍人の一族に産まれ、1920年に合衆国海軍兵学校を卒業。ワシントンD.C.統合参謀本部の共同情報委員会議長などを経て、1944年に重巡洋艦インディアナポリスの艦長に就任。翌年に硫黄島や沖縄の戦闘に参加。1945年、最重要機密であった原子爆弾用の部品および核物質を運搬中に日本海軍「伊号第五十八潜水艦」から雷撃を受け、インディアナポリスが沈没。マクベイは救助されたが、乗組員1,196人のうち約300人が死亡した。このことにより一度は有罪の身となったが、関係者の尽力で1946年に無罪判決に。しかし、退役後も遺族から責められ続け、1968年11月6日に拳銃自殺した。没年70歳。自殺後、マクベイの名誉回復運動が広まり、2000年に「インディアナポリス沈没の責任において、マクベイ大佐は無罪である」とする書面に当時の大統領ビル・クリントンがサインしている。

1989年
【死去】松田優作【俳優・歌手】

『太陽にほえろ!』『探偵物語』等のテレビドラマや『最も危険な遊戯』『野獣死すべし』『蘇る金狼』等の映画で、若者を中心にカリスマ的人気を誇った俳優。1989年公開のリドリー・スコット監督作『ブラック・レイン』の出演が決まっていた時点では既にガンに冒されており、延命治療を断っての鬼気迫る演技は圧倒的なものであった。その病状を関係者にはほとんど告げず、膀胱ガンの転移で40歳没。二人めの妻で女優の松田美由紀との間に、ともに俳優の松田龍平、松田翔太がいる。

2005年
【急死】本田美奈子【歌手・女優】

ヒットシングル『1986年のマリリン』とその”ヘソ出しルック”で人気を博したアイドル歌手。1990年のミュージカル『ミス・サイゴン』での好演で第30回ゴールデン・アロー賞演劇新人賞を獲得。以来、ミュージカル女優として活躍した。2005年に1月に急性骨髄性白血病と診断され公表し、闘病生活が話題になった。5月には臍帯血移植を受けたが、肺への合併症で死去。没年38歳。晩年の代表曲としては公共広告機構の骨髄バンク支援キャンペーンに使用された『アメージング・グレイス』が広く愛された。

2009年
【自殺】【夭折】ディミトリ・ドフロー(Dimitri De Fauw)【自転車競技選手/ベルギー】

ゲント生まれのトラックロードレーサー。2006年11月26日にベルギーで開催された「ヘント6日間レース」に出場したが、その最中にスペインのロードレサー、イサーク・ガルベスに衝突したところガルベスが柵に衝突死。この事故以来鬱病となったドフローは2009年11月6日に自殺した。没年28歳。2006年の事故後は「僕は残りの人生ずっとこの事件を持っていかなければならない。時だけが解決してくれるだろう」と語っていた。