『暴動で放火されたシナゴーグ』1938年11月10日撮影

1938年11月9日は、第二次世界大戦直前のドイツで起きた同時多発的ユダヤ人迫害暴動『クリスタルナハト(ドイツ語で“水晶の夜”の意)』が起きた日である。
10月7日にドイツ大使館員エルンスト・フォム・ラートがポーランド系ユダヤ人のヘルシェル・グリンシュパンに暗殺されたことに端を発したこの暴動は、10月9日から10日にかけて、ドイツ各地のシナゴーグが襲撃され、ユダヤ人街で殺人、略奪、強姦が行なわれた。
突撃隊(SA)なるナチスドイツ軍に準じる大衆組織がその暴動の中心だったとされているが、ナチス政権が先導していたという説も存在する。
ラート殺害を知ったヒトラーは突撃隊を解き放つように指示したとも言われ、中でもナチス政権の宣伝大臣のヨーゼフ・ゲッペルスはその暴動を直接的に先導したという証言が多い。
この事件を契機に、ナチスドイツは第二次世界大戦時のユダヤ人虐殺「ホロコースト」へと加速していったと言われるため、この夜は世界史的な転機であったといえるだろう。
事件後、突撃隊の逮捕者はそれほどを多くなかったことに対し、この事件の被害者であるユダヤ人は3万人もの逮捕者を出したと言われている。
ちなみに、『クリスタルナハト』という呼び方は“プロパガンダの天才”と呼ばれていたゲッペルスが、暴動で破壊されたガラスの欠片が月明かりに反射していたことを喩えた言葉だとされている。
人類史上有数の残虐な民族虐殺を、この上なく耽美的に表現したその精神性に、ナチスドイツの持っていた異常なまでの独善的思想がまざまざと滲み出ているように思われる。

(写真はWikipedia Kristallnachtより使用。Public Domain)

11月9日の不幸

1953年
【死去】ディラン・トーマス(Dylan Marlais Thomas)【詩人・小説家/ウェールズ】

英語で書かれた最も有名な詩のひとつである『Do not go gentle into that good night』『And death shall have no dominion』や自伝的作品『Portrait of an Artist as a Young Dog』の作者として知られ、二十世紀最大の詩人と呼ばれる人物。アメリカ合衆国でのプロモーション旅行中、ベッドの上で飲酒を続け、1953年11月4日の夜にニューヨークのバー、「ホワイト・ホース・タバーン」で深夜まで飲酒をした後に倒れる。そのまま5日後の11月9日に死亡。没年39歳。肺炎と、脳障害、脂肪肝等がその原因と言われている。トーマスは死の直前「I've had 18 straight whiskies. I think that's the record!(18杯のストレート・ウィスキーを飲んだ。これは記録だよ!」と言ったが、バーテンはその半分以上を飲めなかったと言われている。

1959年
【自殺】竹脇昌作【アナウンサー】

1934年にNHKに入社し、1カ月後の養成期間中に解雇されるもそのまま残り活躍した日本におけるアナウンサーの草分け的人物。生放送のラジオ番組『東京ダイヤル』での活躍で国民的知名度を誇ったが、次第に生放送のストレスから極度の鬱病に陥り1959年3月に同番組を降板。復帰のために療養に努めたが、それもかなわず貧困に喘ぐ中の同年11月9日に首吊り自殺。没年49歳。

1991年
【死去】イヴ・モンタン(Yves Montand)【俳優・シャンソン歌手/フランス】

イタリア出身で フランスで活躍した俳優、歌手。1946年に自ら出演した『夜の門』の主題歌『Les Feuilles mortes(枯葉)』を歌い世界的なヒットに。私生活では共演した女優のシモーヌ・シニョレと結婚したが、1960年の映画『恋をしましょう』で共演したマリリン・モンローとのスキャンダルが明るみに出ると、シモーヌは自殺未遂を起こした。映画『IP5/愛を探す旅人たち』の撮影直後に心臓発作で死亡。没年70歳。

2004年
【自殺】アイリス・チャン(Iris Shun-Ru Chang)【ジャーナリスト/アメリカ合衆国】

アメリカ生まれの中国系アメリカ人ジャーナリスト。日中戦争での南京大虐殺について書かれた代表作『ザ・レイプ・オブ・南京』を発表した人物として知られる。カリフォルニア州サンタクララ郡ロスガトスで、停車している自動車の中で死体となって発見された。鬱病に悩んでの拳銃自殺だったといわれる。没年36歳。