『米長邦雄の2012年12月1日のツイート』

2012年12月18日は、昭和の将棋界を牽引した永世棋聖、米長邦雄九段の死亡した日である。
タイトル獲得期19という歴代5位の圧倒的な強さを誇った棋士としてのみならず、豪放磊落な発言の数々や42歳でのヌード披露等で、将棋界の外でも話題を振りまき続け、稀代の好色家としても知られた型破りな生き方は、それまでの棋士のイメージを大きく覆すものであった。
また、日本将棋連盟会長を務めていた時代の公式ウェブサイトでの「Wピース写真」やTwitterでの忌憚のない発言で、将棋に興味のなかったであろう若いネット世代にも衝撃を与えていたことでも知られる。
その死に際しても、2008年に前立腺ガンの告知を受けた際に、性生活のために全摘手術をためらったことが転移に繋がったと自著の中で告白している。
そのあたりの米長の心情はウェブサイト『米長邦雄の家』内にある『癌ノート』でもいまだに読めるが、そこにあるのは、“ひとかどの業績を為した著名人が、全摘後のセックスについてここまで公に葛藤できるのか”と思わざるを得ない快文だ。
永世棋聖と呼ばれた男が、《死》と《男性としての死に際》してどのように考えていたのかがそこには遺されており、他に類を見ない貴重な資料といえるだろう。

(写真は米長邦雄Twitterより使用)

12月18日の不幸

1876年
【騒擾事件】【暴動】「伊勢暴動」

1876年12月18日に三重県飯野郡(現・三重県松阪市)で地租改正反対一揆が発生し愛知県・岐阜県・堺県まで拡大。同月24日まで続き、死者35人・負傷者48人・受刑者50,773人を出すこととなった。

1970年
【襲撃事件】「上赤塚交番襲撃事件」

1970年12月18日に新左翼の京浜安保共闘メンバー3人(柴野春彦・渡辺正則・佐藤隆信)が鉛パイプや千枚通しを武器に東京都板橋区の志村警察署上赤塚交番を襲撃。襲撃された警察官が拳銃を発砲し渡辺・佐藤の2人が重症を負いその場で逮捕。柴野は死亡したため左翼活動家が警察官に射殺された初の事件となった。

1971年
【死去】ボビー・ジョーンズ(Bobby Jones)【アマチュアゴルファー・弁護士・実業家/アメリカ合衆国】

“木のシャフトの伝説”と称され生涯アマチュアを貫いたことでも知られるヒッコリーゴルフ時代から活躍するアメリカのゴルファー。1921年に全英オープン初挑戦、1923年に全米オープンで優勝を果たす。1930年に世界4大タイトル(全英アマ・全英オープン・全米オープン・全米アマ)で優勝しスポーツ界初の“グランドスラム”という言葉が用いられる。同年にジェームスサリバン賞を受賞しメジャー選手権優勝13の成績で引退。引退後は弁護士をする傍らマスターズ・トーナメント創設やゴルフコース設計に携わり1971年12月18日に脊髄空洞症で死去。没年69歳。

1971年
【未解決事件】【殺人事件】「土田邸小包爆弾事件」

1971年12月18日に豊島区雑司ヶ谷の警視庁警務部長・土田國保の自宅に同期生からの贈答品に偽った小包爆弾が爆発し土田の妻・民子が死亡、四男が重症を負った。犯人として新左翼のメンバーであった増淵利行らが逮捕されるも無罪となり被疑者不明のまま公訴時効が成立。

1974年
【海洋汚染】【流出事故】「三菱石油水島製油所・原油流出事故」

1974年12月18日に岡山県倉敷市水島の瀬戸内海に面した三菱石油水島製油所の重油タンクが破損。およそ8万リットルもの原油が流出し瀬戸内海の3分の1が汚染されるという大規模な海洋汚染が発生。

1990年
【死去】ポール・トルトゥリエ(Paul Tortelier)【作曲家・チェリスト/フランス】

モンテカルロ歌劇場管弦楽団、ボストン交響楽団、パリ音楽院管弦楽団の首席チェロ奏者として活躍したフランスを代表するチェロ奏者。『イスラエル交響曲』の作曲でも知られ、1956年にはイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団で指揮者としてデビューした。1990年、パリのピラルソー音楽学校でチェロに寄りかかったまま死去。死因は心臓発作。没年76歳。

1990年
【死去】林忠彦【写真家】

木村伊兵衛、土門拳らと並び昭和初期から日本の写真界を牽引した写真家。代表作に酒場での太宰治や坂口安吾のポートレート、紙屑に囲まれた坂口安吾のポートレートなどがある。晩年はガンや脳出血のため半身不随となりながらも撮影を続けた。没年72歳。

1993年
【暗殺未遂事件】【宗教問題】「池田大作サリン襲撃未遂事件発生」

1993年12月18日にオウム真理教信者・村井秀夫らが東京都八王子市の創価学会施設・東京牧口記念会館で創価学会名誉会長・池田大作にサリンを散布し暗殺を企てるも失敗。

1996年
【死去】武原英子【女優】1967年にドラマ『素顔の青春』(NHK)でデビューし、映画、ドラマで活躍した女優。『2時のワイドショー』の司会などでも活躍した。1980年に歌手のにしきのあきらと結婚。1996年12月18日に乳ガンのため死亡した。没年50歳。
2000年
【事故死】カースティ・マッコール(Kirsty MacColl)【ミュージシャン/イギリス】代表曲『A New England』等で知られる1980年代〜1990年代に活躍した女性シンガーソングライター。ラジオ番組の宣伝で訪れたキューバからメキシコのコスメル島に移動し家族で休暇を取っていた際、スキューバダイビング中に事故死した。当時13歳と15歳の息子が移送用のモーターボートの進路にいたためにそれを突き飛ばし、自らが犠牲になっての不幸だった。
2004年
【死去】宣仁親王妃喜久子【皇族】

昭和天皇の弟・高松宮宣仁親王の妃で徳川慶喜の孫として知られる皇族のひとり。政治家・徳川慶久の娘として生まれ、1930年に宣仁親王と結婚。1930年に日本赤十字社名誉社員の称号を授章。1934年からガン研究を支援し1949年に同社の名誉副総裁となる。1968年に高松宮妃癌研究基金を設立。1998年にエッセイ『菊と葵のものがたり』を発表。1993年に高松宮記念ハンセン病資料館を設立。2004年12月18日に敗血症で死去。没年92歳。

2006年
【死去】ジョセフ・バーベラ(Joseph Roland “Joe” Barbera)【アニメーター】1937年にメトロ・ゴールドウィン・メイヤー (MGM)に入社し、ウィリアム・ハンナとともに『トムとジェリー』を製作したことで知られるアニメーター。その後ハンナ・バーベラ・プロダクションとして独立し、『原始家族フリントストーン』『森のスマーフ』等多くの人気アニメーション作品を世に送り出した。老衰のため95歳で死去。
2007年
【死去】宮内和之【ミュージシャン】国岡真由美とのユニット「ICE」で活躍したギタリスト。代表曲に『MOON CHILD』『Yes,I Do』等。私生活では国岡と結婚したが、耳下腺ガンで死亡した。没年43歳。
2012年
【死去】米長邦雄【将棋棋士】

昭和の将棋界を牽引した永世棋聖、九段。日本将棋連盟会長。タイトル獲得期19という歴代5位の圧倒的な強さを誇った棋士としてのみならず、豪放磊落な発言の数々で将棋界の外で話題を振りまき、稀代の好色家としても知られた型破りな生き方は、それまでの棋士のイメージを大きく覆すものであった。2012年にはボンクラーズなる将棋コンピューターと対戦し敗北。その様を自著『われ敗れたり』に綴った。2008年に前立腺ガンの告知を受けた際に、性生活のために全摘手術をためらったことが転移に繋がり、そのまま2012年に死亡。没年69歳。

2017年
【自殺】【夭逝】キム・ ジョンヒョン(JONGHYUN)【シンガーソングライター/大韓民国】

2008年〜2017年にかけて活躍した韓国のシンガーソングライターで男性アイドルグループ「SHINee」のメンバーとして知られる人物。2005年に芸能界入りし2008年に男性アイドルグループ「SHINee」のメンバーとしてデビュー。2015年にソロ活動を開始しミニアルバム『BASE』を発表。同年に自身がプロデュースした『The Collection: Story Op.1』を発表。2016年に初のフルアルバム『좋아 (She is)』を発表。2017年4月に『Story Op.2』を発表するも同年12月18日に鬱により練炭自殺。没年27歳。死後の2018年に遺作アルバム『Poet|Artist』が発表された。