>  >  「責任自殺」は日本の文化? これまでの自殺事件

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント0
関連キーワード:

責任自殺

180123746.jpg

 8月5日に神戸の理化学研究所・再生科学総合研究センター(以下理研CDB)内において、笹井芳樹副センター長が自殺した。笹井氏は階段の踊り場で首をつった状態で発見され、病院へ搬送されたが死亡が確認された。

 カバンの中にはパソコンで作成された5通の遺書があった。小保方晴子氏に宛てたものには「あなたは悪くない」「絶対にSTAP細胞を実現させてください」といった記述があったとされる。

 笹井氏は日本の再生医療の第一人者であり、36歳の若さで京都大学教授に就任するなど秀才として知られた。2012年には小保方氏をCDB研究ユニットリーダーに迎え入れ「STAP論文」の研究指導にあたり、2014年1月に行われた研究発表会見にも立ち合った。

 その後、論文に多くの不正疑惑が立ち上がると、笹井氏も指導者としての責任を追求される形となった。3月にはCDB副センター長を辞職する意向を申し出たが受け入れられなかった。最近は精神科へ通院し、薬の副作用で呂律が回らないこともあったという。

 疑惑が完全に解明されない中での自殺は、すべての責任を追った“引責自殺”とも言えるだろう。過去にも同様のケースは数多く見られる。

 1998年11月には、プロ野球球団であるオリックス・ブルーウェーブのスカウトであった三輪田勝利が自殺している。夏の甲子園で活躍した沖縄水産高校の新垣渚(現・東京ヤクルトスワローズ)の交渉権を獲得するも、入団を拒否されたことを受けての引責自殺と言われている。

 笹井氏と同じく疑惑の渦中で自殺した人物としては、松岡利勝衆議院議員があげられるだろう。2007年5月に議員宿舎で首を吊っているのが発見された。当時、第一次安倍内閣の農林水産大臣を務めていたが、多くの不祥事疑惑が集中する中での自殺であった。現役閣僚の自殺は憲政史上初めての事態である。

 同じく議員では1998年2月には、新井将敬衆議院議員がホテルで首吊り自殺を果たしている。証券会社に利益を強要していたというスキャンダルが沸き起こり、直前まで潔白を主張している中での自殺だった。

 さらに、犯罪加害者の家族が自殺する例もある。1988年から89年に首都圏で連続して起こった幼女誘拐殺人事件の犯人である宮崎勤の父親は、事件後に自宅などを売却し遺族に払う金銭を作ったのち、自宅近くの30メートル下の川へ投身自殺している。

 1972年にあさま山荘事件を起こした連合赤軍の坂東國男の父親は、逮捕後に首吊り自殺。三島由紀夫の小説のモデルともなった1950年に発生した金閣寺放火事件の母親も、列車から体を投げ出し自殺を遂げている。

“引責自殺”は、すべての責任を自分で追い事態に幕引きをはかろうとする、切腹にも通じる日本独自の文化ともいえるかもしれない。

(文=平田宏利)

関連キーワード

コメントする

お名前
コメント
画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。