麻原彰晃・在日説はなぜ拡散した? 今、総括するオウム真理教

■韓国の戸籍に麻原のルーツなし

 記事内容の解説へ移る。麻原彰晃在日説を追って、中島氏は韓国へ渡り、役場へ向かい戸籍調査を行う。家単位で出生や死亡情報が記録される戸籍制度は中国、朝鮮半島、日本と いった東アジアのみに存在するものである。戸籍を追ってゆけば第三者であっても、その 人物の出自をたどることが可能となる。

 結論から言えば、韓国の戸籍に麻原のルーツは見つからなかった。戦時中の創氏改名において麻原の本名となる松本性を名乗った朝鮮人はいたようだが、麻原の父や祖父の名前は見つからない。さらに、朝鮮で没したといわれる麻原の祖母についての記録も存在しなかった。

 麻原彰晃の父は朝鮮で生まれている。麻原の祖父が家族で日本から朝鮮へ渡り、現地で子どもが生まれたもので、麻原の父は外地生まれの日本人となる。戦前戦中においては取り 立てて珍しいことではない。祖父の職業については、高山文彦氏の『麻原彰晃の誕生』(文藝春秋)においては警察官とされているが、『宝島30』では日本人経営の農場に働きに来た小作人(自分の土地を持たない雇われの農民)とされている。

 注目すべきなのは、麻原の出自について調査をしに来た日本のマスコミは、中島氏の以前にはいなかったと記されていることだ。現在のように気軽に行ける観光地ではなかっただろうが、すでに国交もあり、飛行機で数時間の隣国である。さらに取材時から50年前までは「大日本帝国」であった場所である。それほど近い場所でも、明確なウラ取り調査は行われず、麻原彰晃在日説はひとり歩きしていたことになる。

 記事では在日説とともにささやかれていた被差別部落出身説についても、地元を訪れ、無関係であることが示されている。

 ならば噂の出所はどこであったのか。記事では麻原自身に原因を求めている。つまり、麻原は会う人物によって「私は在日」「私は部落民」と立場を変えた発言を行い、相手を取り込んでいったというものである。社会的な出自ばかりでなく、家族関係に悩みを抱えた信者に「私も親に捨てられた」とささやくことで、心を掴んでいったようだ。

 今からすれば信じられないことだが1990年代のはじめ、オウム真理教は、危険集団というよりは、ちょっとしたした変わり種宗教という扱いだった。教祖である麻原彰晃は、サブカル系雑誌でインタビューを受けたり、テレビのバラエティ番組に出演したりしていた。

「お固いイメージの新興宗教の教祖は意外とフランク」というギャップは、麻原自身が意識的に打ち出したもので、メディアは見事に騙されていたのかもしれない。それだけ麻原彰晃は人たらしであったとも言える。

 オウム事件から20年、総括されるべきことは無数にある。記憶は風化されるべきではない。
(文=王城つぐ/メディア文化史研究)

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