【閲覧注意】「小箱に詰められた女」事件 ― 7年監禁・拷問“完全なる性奴隷”を育てた鬼畜キャメロン・フッカー!

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【閲覧注意】「小箱に詰められた女」事件 ― 7年監禁・拷問完全なる性奴隷を育てた鬼畜キャメロン・フッカー!の画像120歳の頃のコリーン・スタン。画像は「News.com.au」より引用

■ヒッチハイクに潜む罠

 1977年5月19日早朝、20歳のコリーン・スタンは友人の誕生日祝いのため、オレゴン州ユージーンの自宅から、カリフォルニア州ウエストウッドへと出発した。最初は自分の車で行こうとしたが、その日は車の調子が悪かったので、ヒッチハイクで向かうことにした。

 当時は多くの人がヒッチハイクをしており、乗せてくれる車も多かった。コリーンも大型トラックを乗り継ぎ、午後にはカリフォルニア州レッドブラフの国道36号線までたどり着いていた。5人の男たちが乗る車を断り、次に停まってくれたのは、赤ん坊連れの若いカップルの車。男性はオタクっぽい外見、女性はどこにでもいそうなごくごく平均的なルックス。コリーンは安心して車に乗り込んだ。

 だが、後部座席に乗ったコリーンを、男は無言のままバックミラーでじっと見てきた。少し気味悪くなったが、女性も赤ん坊もいるのだし……と彼女は気にしないようして、愛想良く振る舞った。

 しばらくすると、車はガソリンスタンドに立ち寄った。コリーンがトイレから戻ると、後部座席にはさっきまではなかった大きな木箱があった。それから20分ほど車を走らせた男は「ここら辺で有名な洞窟に寄りたいのだが、よいか?」とコリーンに尋ねた。すぐに戻るとも言ったため、ただで乗せてもらっているコリーンは快く了承。人気のない場所で停車して、カップルは赤ん坊を連れて出て行った。

 次第にコリーンは、自分がどこにいるのか見当もつかず不安になった。そして次の瞬間、彼女は男にナイフを突きつけられ、両手に手錠をかけられた。目隠しをされた上、頭にはあの木箱を被せられた。箱は首にフィットするように穴が開けられており、叫び声が聞こえないようにするため、内側にはカーペットのようなものが貼られていた。

【閲覧注意】「小箱に詰められた女」事件 ― 7年監禁・拷問完全なる性奴隷を育てた鬼畜キャメロン・フッカー!の画像2頭にかぶせられた箱。画像は「Mirror」より引用

 しばらくすると女性が赤ん坊を連れて車に戻ってきて、車は出発。カップルの家と思われる場所に到着し、コリーンは目隠しをされたまま、家の地下へと連れて行かれた。

 地下室でコリーンは、箱の上に立たされ、手首にバンドをはめられて天井からチェーンで吊るされた。服は破り取られ、全裸にされた。足元の箱を取られて、万歳をした状態で天井からぶら下がった格好にされ、彼女はパニックに陥った。

 男は無言で鞭を手にし、彼女の体を力一杯叩き始めた。コリーンの目隠しが少しずれて、男の側に女が寄っていくのが見えた。2人はセックスを始め、やがて性交渉を終えた男は、今度はコリーンの全身を撫で始めた。コリーンはそこで気を失い、次に意識を取り戻した時にはチェーンは外されていた。強姦された感覚はなくホッとしたのもつかの間、男は再び彼女の頭に箱を被せた。

 コリーンはその夜から地下室で監禁され、拷問・暴行を受ける日々が始まった。

 一方その頃、コリーンの両親は突如姿を消した娘の行方を探していた。自宅から彼女の行き先だったカリフォルニアの友人宅まで、道沿いの町にある全ての警察署をまわって行方不明届けを出した。しかし、コリーンにつながる手がかりはなく、何の手がかりもつかめなかった。

 行方不明になってから1年が過ぎた頃から、両親は、娘が事件に巻き込まれたのではなく、騙されてカルトに入ったのかもしれないと考えるようになった。この時代、70年代は、ヒッピーな若者たちが様々なカルトにはまっていた時代だった。


■奴隷契約書

 男はコリーンと会話はせず、一方的に命令だけした。男から「ジャン」と呼ばれていた女も、コリーンに噛みつくなどの異常な行動ばかりをした。

 その年の秋にかけて、コリーンは全裸のまま、目隠しをされた状態で監禁されていた。日中は地下室の棺桶の中に入れられ、夜になると男が食事を持って降りて来て、食後に拷問を受けた。

 1978年1月、男はコリーンに「奴隷契約書」に署名しろと命じた。そこには「絶対に逃げません」「首輪をつけます」「命令には絶対に従います」「ご主人様、マダム、2人の命令に従います」「どんな拷問も受けます」と書かれていた。契約書には、男が地下組織・通称「カンパニー」に属していることや、署名した者がこの契約に書かれていることを破れば「カンパニー」が動くと明記されていた。

【閲覧注意】「小箱に詰められた女」事件 ― 7年監禁・拷問完全なる性奴隷を育てた鬼畜キャメロン・フッカー!の画像3奴隷契約書。画像は「Criminal Minds wiki」より引用

 契約書に署名するしかなかったコリーンだが、その日を境に服を着て地下室から出られるようになった。性的行為だけでなく、台所の掃除などの家事もするようになり、まさに奴隷になったのだ。男はコリーンに対し絶対的権限を持っており、家事をしている時でも、命じられたら彼女は全裸になって両手を上げ、男に鞭で叩かれなければならなかった。

 逃げようと思えば逃げられるチャンスはあった。しかし、コリーンは「カンパニー」を恐れて逃げようとはしなかった。それどころか次第に「奴隷としていかに満足してもらえるか」努力するようになっていた。

 こうして夫婦は誰にも疑われることなくコリーンを誘拐、監禁し、見事なまでに奴隷へと仕立て上げた。彼らは一体何者なのだろうか。

【閲覧注意】「小箱に詰められた女」事件 ― 7年監禁・拷問完全なる性奴隷を育てた鬼畜キャメロン・フッカー!の画像4キャメロンとジャニス。画像は「Criminal Minds wiki」より引用


■奴隷を求めた夫婦

 男の名をキャメロン・フッカー。1953年11月5日にカリフォルニア州アルトゥラス、ワーナー山脈麓の町に生まれた。家庭は経済的に安定しておらず、頻繁に引っ越しをしたため、彼には友達もあまりいなかった。16歳の時、一家はやっとレッドブラフに根を下ろし、キャメロンも高卒で製材所で働くようになる。働き始めて1年目の1973年に「ジャン」ことジャニスと出会うことになる。

 キャメロンと出会った当初、ジャニスはまだ15歳だった。異常なまでにしつけに厳しく、家庭内暴力も酷かった家庭に育ち、短パンやビキニを着ることはおろか、男女交際まで禁じられるなど、両親の強い支配下に置かれて生活していた。てんかん持ちのジャニスは、自分を普通以下の人間と思い込んでおり、自尊心は極端に低かった。

 そんなジャニスを気に入ったキャメロン。デートにすら消極的なジャニスと共に彼女の家に行き、彼女の両親を説得して交際を許してもらった。両親の言いなりだったジャニスは、それからは何の疑問も持たずにキャメロンの言いなりになった。最初のデートでキャメロンに全裸になるよう命じられ、両手を縛られ木にぶら下げられたが、ジャニスは抵抗しなかったという。

 キャメロンは性的サディズム障害だった。苦しみを与えることに興奮するのではなく、相手が苦しむ姿を見ることで興奮するタイプで、肉体的だけでなく精神的にも苦しみを与えることで性的快感を得ていた。どんなに痛めつけられても、ジャニスはキャメロンに服従し続けた。彼女がこういう性格だということを、キャメロンは一目で見抜いていたのだろう。

 キャメロンとジャニスの関係は明らかに異様なものだったが、男女交際の知識も経験もないジャニスは、それを皆がしていることだと疑問にさえ思わなかった。手首を縛られ宙吊りにされても、鞭で打たれまくっても、それを愛情の証だと受け入れた。交際2年目の1975年1月18日、2人はネバダ州で結婚式を挙げた。

 キャメロンにとって、ジャニスは妻ではなく順応な性奴隷だった。彼女に対する拷問はエスカレートしていった。耐えかねたジャニスは「赤ん坊が欲しい。だから私の代わりにあなたが拷問できる女性を監禁しよう」と提案する。キャメロンはこれを受け入れ「奴隷には拷問だけして、セックスは君とだけする」と約束し、ジャニスを大喜びさせた。


■殺された最初の「奴隷」

 1976年1月31日、キャメロンとジャニスは19歳のヒッチハイカー、マリーズ・スパンハイクをカリフォルニア州チコで車に乗せた。彼女が希望する場所まで車を走らせ安心させ、彼女が油断した隙に拘束し、家に連れ帰って地下室に吊るし、全裸にして拷問を始めた。

 キャメロンはマリーズに、これまでジャニス相手にはできなかった凄まじい拷問を加えた。空気銃で腹部を撃つなどの凄惨な暴行の後、最終的には首をきつく締めて殺してしまった。2人はマリーズの遺体をラッセン火山国立公園付近に埋めた。

 その頃、警察はマリーズの行方不明事件を、失踪直前に口論していた交際相手の男の仕業だと見ていた。まさか拷問目的で誘拐・監禁・殺害されていたとは、これっぽっちも思っていなかったのである。

【閲覧注意】「小箱に詰められた女」事件 ― 7年監禁・拷問完全なる性奴隷を育てた鬼畜キャメロン・フッカー!の画像5マリーズ・スパンハイク。画像は「Unidentified Wiki」より引用

 1977年5月19日に誘拐・監禁されたコリーンは、夫妻の2人目の被害者だった。キャメロンは2度目ということもあり、無茶はせず、じっくりと拷問を堪能し、奴隷育成に務めることにした。その結果、コリーンの誘拐・監禁は思いの外うまくいった。キャメロンは約束を守ってコリーンだけを拷問し、ジャニスとはセックスだけした。

 コリーンと交わした奴隷契約書は、キャメロンが愛読していたSM雑誌からヒントを得たもので、「カンパニー」はもちろん架空のものだった。しかし、連日拷問を受けていたコリーンはすっかり怯えきって、その存在を信じた。

 夫からの暴力的なセックスから逃れられた上、コリーンが絶対に逆らわない、抵抗しない存在だと知り、ジャニスはようやく安心するようになった。さらには契約書のおかげで、ジャニスも好きなように彼女に指示できるようになった。すっかり気を良くしていたジャニスは、誘拐から1年が経つ頃、キャメロンに「奴隷とセックスしてもいい」と許可した。キャメロンはそれを聞くと何も言わず地下室に行き、コリーンを連れ出すと夫婦のベッドに手足を縛りつけ、強姦した。何のためらいもなく、淡々と強姦するキャメロンを見たジャニスは、トイレに駆け込み嘔吐したという。

 これ以降、コリーンは拷問だけでなく、強姦もされるようになった。

■絶対的服従

 1978年夏、キャメロンとジャニスは国道99号沿いの広大な土地を購入し、そこにトレーラーハウスを設置し住むようになった。「ケイ」という奴隷名を与えたコリーンも連れて行った。地下室はなかったため、コリーンは奴隷・性奴隷として働いている以外の時間は、棺桶のような箱の中に入れられて蓋を閉められ、夫婦のベッドの下に押し入れられた。

【閲覧注意】「小箱に詰められた女」事件 ― 7年監禁・拷問完全なる性奴隷を育てた鬼畜キャメロン・フッカー!の画像6コリーンが閉じ込められていた箱。画像は「News.com.au」より引用

 叫び声など誰にも聞こえないような広大な土地で、コリーンは壮絶な拷問を受けるようになる。チェーンを手首足首をつけられ、少しずつ体を引き伸ばすという拷問器具で痛めつけられるようになったのだ。キャメロンはコリーンを拷問することに夢中になり、ジャニスは次第にコリーンに嫉妬し、嫌うようになっていった。コリーンはジャニスの代わりに拷問を受けてくれる生贄なのにも関わらず、だ。

 誘拐から2年が経つと、コリーンは首輪を外し、敷地内で庭仕事をするようになり、敷地外に出ることも許されるようになった。彼女はすでに自分の意思では行動を起こさない、そうキャメロンは確信していた。事実その通りで、コリーンは敷地の外に出て、多くの人々とすれ違っても助けを求めることはしなかった。それどころか「カンパニーのスパイかもしれない」と誰とも目を合わせず、接触するのも避けた。

 キャメロンはコリーンが完全に洗脳されているのかを試すため、1980年12月のクリスマスの日、実家に電話をかけて「好きな人ができてその人と一緒に暮らしているから心配しないで」と言えと命じた。コリーンは懐かしい父親の声を聞き、涙を流しながらもキャメロンの命令に従った。「助けて」とは言えなかった。

 絶対的に服従する奴隷を手にいれたと大喜びのキャメロンは、ジャニスが家を開けるたびにコリーンを強姦しまくるようになっていく。やがて、拷問よりも強姦する方が多くなっていった。


■両親との再会

 1981年3月、キャメロンはコリーンに「お前の両親に会わせてやろう」と言い出した。喜ぶコリーンに、キャメロンは「条件がある」と拳銃を手渡した。銃口を口に入れたまま引き金を引けというのだ。拳銃には実弾が入っているかもしれず、もし入っていたら当然死ぬことになる。コリーンは怯えながらも、ためらうことなく拳銃を口の中に入れて引き金を引いた。キャメロンの命令は絶対だからだ。キャメロンは「コリーンが躊躇なく命までも自分に捧げる」ほど洗脳できていることを確認してから、コリーンと2人だけで彼女の実家に向かった。

 車中で、キャメロンは「俺はお前の婚約者」「俺はエンジニアの仕事をしており、転々としている」「俺の仕事の都合で近くまで来たから家に寄った」など、彼女の両親に話す設定を教え込んだ。そしてもちろん「お前の両親に会っている間、カンパニーのメンバーたちが家のそばにスタンバイしている。もしお前が契約を破るようなことをしたら、お前だけでなくお前の両親や家族全員を抹殺する」と脅すことも忘れなかった。

 コリーンの実家でキャメロンは自己紹介した後、自分は仕事があるからと姿を消した。コリーンは警察に電話することも両親に訴えることもできたが、カンパニーの存在が怖くて何もできなかった。問題ないように振舞い、「幸せ」だと心にもないことを口にした。

 24時間後、キャメロンから電話が入り「10分後に迎えに行く」と言われたコリーンは絶望的な気分になったが、両親に悟られないように振る舞った。2人が家を去る時、コリーンの継母が「記念写真を撮りたいわ」と言ったときも精一杯の笑顔でキャメロンに抱きついた。継母はキャメロンに住所や電話番号を教えて欲しいとしつこく頼んだが、キャメロンは笑顔で「申し訳ない。実は今、引越しの真っ最中で。新居に落ち着いたら手紙を書きますから」とかわした。

【閲覧注意】「小箱に詰められた女」事件 ― 7年監禁・拷問完全なる性奴隷を育てた鬼畜キャメロン・フッカー!の画像7コリーンの家で撮られた記念写真。画像は「Criminal Minds wiki」より引用

 それから3年間、コリーンはほとんど外に出してもらえない奴隷生活を送った。コリーンの絶望感は凄まじいものだったが、キャメロンはそんな彼女の暗い表情を見て喜んでいた。そう、彼は骨の髄までサディストだったからだ。

■妻の変節

 キャメロンは四六時中、コリーンとばかり過ごすようになっていた。ジャニスはますます彼女に辛く当たるようになっていたが、キャメロンは嫉妬にもがき苦しむジャニスの姿すら楽しんでいた。彼にとって女性とは「拷問を受けるために生まれてきた」もので「自分を喜ばせる存在」でしかなかった。

 誘拐されてから7年が経った1984年、コリーンは「ご主人様の家計を助けたいから外で仕事をしたい」とキャメロンに頼んだ。逃げたいという気持ちは一切なく、ただ棺桶のような箱から出て、1分でも長く外にいたいという思いからだった。どんな拷問にも強姦も耐えられたが、あの狭い箱に閉じ込められることにだけには、いつまでたっても慣れることができなかったのだ。キャメロンはこれを許可し、コリーンは近所のモーテルで清掃員の仕事に就いた。

【閲覧注意】「小箱に詰められた女」事件 ― 7年監禁・拷問完全なる性奴隷を育てた鬼畜キャメロン・フッカー!の画像8コリーンが閉じ込められた箱。画像は「Mirror」より引用

 外で働いている間は、拷問も強姦も箱に入れられることも、さらにジャニスからいじめられることもない。コリーンは嬉々として仕事をこなした。この頃から彼女は帰宅後、箱ではなく、トイレで首にチェーンをつけられ監禁されるようになった。また、キャメロンはコリーンとジャニスと3Pをするようにもなっていた。

 完璧な性奴隷を作ることに成功し、気をよくしていたキャメロンは、地下牢を作ってどんどん女を誘拐し、監禁して性奴隷を増やすと言いだした。さすがのジャニスもこの思想には驚愕する。元はといえば自分の提案でコリーンが完全に洗脳された奴隷にされてしまったことや、キャメロンの性的サディズムをエスカレートさせてしまったことを後悔するようになった。コリーンへのいじめや嫌がらせを止め、普通に会話をするようになると、ジャニスは少しずつ正気を取り戻していった。

 これ以上、他の女とキャメロンをシェアしたくないと悩んだジャニスは、1984年8月9日、地元の教会の牧師に全てを打ち上げた。牧師は「正しいことをすべき」だとジャニスを諭し、ジャニスはその足でホテルで働いているコリーンの元へ行き「カンパニーなんていない。全て嘘。目を覚まして」と伝えた。コリーンは最初、何かしらの罠なのではないかと警戒し、混乱したが、よくよく考えたらおかしな話だとすぐに正気に戻った。

 コリーンはホテルから逃げ出し、父親に「今から家に帰る」と電話をした。そしてバスに乗る直前、キャメロンに電話をし「もうそこには戻らない」と伝えた。コリーンの口調から、キャメロンは洗脳が解けてしまっていることを悟った。彼は電話口で号泣し始めたが、コリーンの心はもうぴくりとも動かなかった。そして、電話を切って実家に帰るためバスに飛び乗った。20歳で誘拐された彼女は、すでに27歳になっていた。

■キャメロンついに逮捕される

 ジャニスは警察署に行き、これまでの全てを打ち明けた。刑事たちは最初その話を信じなかった。このアメリカで、一人の人間を、何年間も性奴隷として監禁できるわけがないと疑ったのだ。しかし、別の警察署でコリーンが同じ内容を話していた。2人の話から事実だと知った刑事たちは、すぐにキャメロンを誘拐・監禁などの性犯罪容疑で逮捕した。

 キャメロン逮捕後、トレーラーハウスを捜索した刑事たちだが、コリーンが自分の意思に反して無理やり監禁されていたという証拠を見つけられず、壁にぶち当たってしまう。拷問器具はたくさんあるのだが、肝心のコリーン監禁の証拠が出てこないのだ。

 実はジャニスが、コリーンに全てを打ち明ける前に迷い、決定的証拠となりうる、あの奴隷契約書を燃やしてしまっていたのだ。ジャニスはキャメロンの洗脳から完全に抜け出せていなかったのである。だが、ジャニスはキャメロンの暴力の被害者ではあるものの、一方ではコリーンを監禁し奴隷として指図していた紛れもない加害者である。警察は彼女のことも容疑者として逮捕している。

 その後、地道な捜査により、雑誌に挟みこまれていたコリーンの奴隷契約書の写真が発見される。これを決定的証拠として、キャメロンは拷問、強姦など10の容疑で起訴された。

【閲覧注意】「小箱に詰められた女」事件 ― 7年監禁・拷問完全なる性奴隷を育てた鬼畜キャメロン・フッカー!の画像9逮捕されたキャメロン。画像は「News.com.au」より引用

 ジャニスは早々に司法取引に応じ、キャメロンがコリーンにしてきたことを証言したため、起訴は取り下げられた。被害者であるコリーンも証言台に立って証言したが、それがあまりにも淡々とした語り口だったため、「本当に監禁されていたのだろうか?」と疑問に思う人もいたほどだった。その後、誘拐監禁事件に詳しい心理学者クリス・ハッチャーが証言台に立ち、コリーンがどれだけ精神的にダメージを受けていたのか、感情を抹殺しなければ生き延びられなかったことを陪審員に説明している。

 最後に証言台に立ったのはキャメロンだった。最初こそ監禁目的で誘拐したが、情が生まれ彼女を解放しようとしたと主張。実家に連れて行き、そこで別れるつもりだったが、コリーン自身が一緒に帰り暮らしたいというから連れ帰ったのだと何食わぬ顔で語った。そして、「コリーンとは愛し合っており、セックスは強姦ではなく合意の上で行ったものだ」とも強調した。しかし、陪審員は彼の言い訳など信じなかった。

 1984年11月22日、キャメロンは有罪となり禁錮104年に処された。司法取引で罪には問われなかったジャニスは、改名して新しい場所で新しい人生を歩みだした。裁判では夫妻の子供たちについて一切語られなかったが、これも司法取引で表に出さないよう配慮されたものと見られている。

 なお、マリーズの誘拐・監禁・拷問・殺人事件については証拠はなく、キャメロンは罪に問われてはいない。捜査の甲斐なく、彼女の遺体は今なお見つかっていないのだ。

 キャメロンは2015年に仮釈放を申請したものの却下され、最低でも15年間は仮釈放申請はできないと言い渡された。キャメロンは現在65歳。80歳になった2030年に仮釈放が認められるのかどうか、それまで刑務所で生き延びられるのかどうかは、神のみぞ知る。

【閲覧注意】「小箱に詰められた女」事件 ― 7年監禁・拷問完全なる性奴隷を育てた鬼畜キャメロン・フッカー!の画像10仮釈放申請の法廷で証言台に立ったコリーン。画像は「Daily Mail」より引用


参考:「USA Today」、「Criminal Mind Wiki」、「YouTube」、ほか

文=堀川英里

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