見たら、たちまち情緒不安定なる ― ギガ・シュルレアリスト、スィリアックの超悪夢世界
■我輩はフラクタル・キャットである?
お次は、2011年の「Welcome to Kitty City」─。往年の迷作邦画『馬鹿が戦車(タンク)でやってくる』(1964年・松竹/山田洋次監督・ハナ肇主演)じゃあないけれど、ネコがイモムシになって…? なぜか道路をやってくるのだ。
フリークス好きのスィリャックのこと、たぶんこれ、人間イモムシこと「ラディアン王子」のパクリであると同時に、こころからのオマージュであるにちがいない。
「Cycle」は画面が固定されていたが、こちらは一応、ロード・ムーヴィー? ネコ虫は(たぶん)にゃんにゃん鳴きながら、ときに分裂し、ときにフラクタル化し、道を横断するネコ・カーやネコ列車を律儀に待ちながら、ただただ、Kitty City(コネコの街)に向かって進んでゆくのだ。なぜかって? さぁ…。
なのに、なのにですよ。ブハハハと笑える。それはきっと、ここには、もっともらしい意味や物語が小指の先ほども見当たらないためだろう。吾輩もネコなのだ。これでいいのだぁ。天才バカボンのパパなら、そう言うこと受け合いだ。ざまあミロ、おとついきやがれ。いけない、お脳がグラグラしてきた…。
■そして、街は変容する…
さて、おしまいは「malfunction」。今年2014年の最新作だ。クマくん軍団や、ネコ虫たちに萌えなかった方でも、この作品にはぞっこんハマってしまうのではないだろうか?
60年代風の舞台背景が妙にcoolで、イカしてる。ツィッギーとかビートルズとか、まだUKがカルチャー・シーンの最前線にあった時代の懐かしい季節の空気がそこはかとなく漂っているのが、(・∀・)イイネ!!。
さて、文化住宅って死語がいかにもふさわしそうな、とあるお宅のお台所のシンクから、突然、平穏な日常を蹴破って、現れたるはオジサン顔のモンスター一匹…。かなり、キモい。こやつ、奥様のゆく先々に姿を見せては、意味もなく、その顔を次々新調させながら、世間狭しとばかりに練り歩くのだった。
オッサン・モンスターがシンクから飛びだすその度に、撒き散らす毒電波─それとも加齢臭的放射能?─により、世界は少しずつ誤作動を起こして、ほろろん、ほろろんと、歪んでゆく。
モンスターはなにかの象徴なのか? たとえばファシズムとか、グローバリズムとか、原発とか、戦争とか、狂気とか、ア○ノミクスとか集団的自衛権とかの…。
たぶん、そうであって、そうではない。ブハハハ、ブハハハ、も1つおまけに、ブは。ああ、もう、堪忍してぇ。お脳がとろけるうぅ…。
■黒いユーモアと徹底したナンセンス
もはや説明など無用だろう。彼の作品はブラックユーモアに裏打ちされた、綺想の無限のタペストリーだ。そのあちらこちらに反復、増殖、メタモルフォーゼ、不条理、無機的なユーモア、死、イロニー、さらに現実への異議申立て(社会・政治批判)などが十重二重に織り込まれている。
そこにはさながら、往年のシュルレアリストたちの作風と夢想が、最新のデジタル技術の手をかりて現代に蘇った感が強い。
こうしたスィリャックの奇妙奇天烈な作風については、オランダの画家でグラフィック・デザイナーのエッシャーや、チェコのやはりアニメ作家、シュヴァンクマイエルらの影響が指摘されていて、本人も認めている。
しかしながら、筆者にはむしろ、そこに冷笑と逆説が三度の飯より好きな、アングロ・サクソンのへそ曲がりのゲノムが見え隠れしているように思えるのだが…。『不思議の国のアリス』のルイス・キャロル、『トバモリー』のサキ、『1984』のジョージ・オーウェル、『知覚の扉』のオルダス・ハクスリー、『ご遺体』のイーヴリン・ウォー、『時計じかけのオレンジ』のアンソニー・バージェス、『怪談集』で知られるブラックウッドなどなど…。
だが、きわめつけはなんといっても、『ガリヴァー旅行記』で知られるジョナサン・スイフトの怪作『アイルランドの貧民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案』だろう。
1729年発表の、長い割にずいぶんストレートなタイトルのこの革命的イッシューは、当時、経済が破綻していたアイルランドの窮状を見かねたスイフトが、経済的救済と同時に人口抑制にも役立つ「最終的解決」案として提示したもの。
その提案とは、貧乏人の赤ん坊を1歳になるまで肥育し、その後、アイルランドの富裕層に美味なる食料として供すべし、というとんでもない内容なのだ。そうそう、あの伝説のBBCのTV番組『空飛ぶモンティ・パイソン』(Monty Python)なんかも、そんな黒い笑いの系譜に名を連ねることになるだろうか。
■笑ってから、吐くか? 吐いてから、笑うか? 確信犯的な不条理というスタイル
スィリャックは正直なアーティストで、「自分のこさえた映像が何なのか、自分にもさっぱりわからない」と言い放っている。それでよかです。よかとです。
作家なんだから作品の意図=意味がちゃんとわかってて当たり前という偏見が、世間的にはまだまだ根深いが、筆者などは逆に、自分に制御できるものを作っているようでは、ほんとうの意味での作家の域には達していないとすら考えている。周囲はもちろん、本人にも理解不能くらいがちょうどいいのだ。
また彼はこうも言う。「自分が思いつくいちばんバカバカしいことを映像にしてみた」。「自分の作品を見て人が笑うか、さもなくば吐くか」、それが創造のいちばんのモチベーションであると…。Bravo! スィリャック! 彼の綺想とイロニーの迷宮についてはまた、あらためてご報告したい。
(文=石川翠)
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