見えない絵、聞こえない曲、消された写真 ― 現代アートの価値を思考する
■実はこれ、放送局の深イイ風刺だった
アート界隈の人も含め、かなりの人が困惑に陥った今回の一件、実はカナダの公共放送である「CBC」が仕組んだものだった。
冒頭の写真は、別の展覧会を画像加工したもので、加熱する現代アートへの風刺として作られたものなのだ。なぜ、これほど多くの人が騙されてしまったのか? という問いに、仕掛人のパット・ケリーとピーター・オールディンは「彼女に新進気鋭の優秀な作家だという触れ込みがあったからだろう」と、指摘している。
そして、「美術業界というのは、その価値が曖昧なところが非常にある。この、見えないアートに対する反応こそ、我々が現在の美術市場をいかに否定的に見ているかを示しているのだ」と加えた。
確かに現代アートとは、純粋にその作品の持つ価値だけで判断されず、作家の知名度や話題性によって、時には作品の内容と関係なく値がつくこともある。
以前、筆者が日本の某有名コレクターに話を伺った際、「確かになぜ、この作品にこんな値段がつくのだろう? というのはあると思います。ただ、一般の人はプロのコレクターと違って、単純にその作品を楽しめばいいのです。好き嫌いでいいんですよ。我々はその作品が生まれた経緯や、今後どこに向かって行くのか? を踏まえたうえで、ビジネスを目的として買っていますから、一般の方との感覚とは少し違うかもしれませんね」と、説明してくれたことを思い出した。
■無音のまま、何も弾かないピアノ曲、4’33”
ちょっとお騒がせな「見えないアート」であったが、世の中にはもっと理解しがたい前衛的な作品がある。代表的なのは、ジョン・ケージの4’33”ではなかろうか。初演は1952年、楽譜には「第1楽章休み、第2楽章休み、第3楽章休み」とあるのみで、4分33秒間、演奏者はひたすら何の音もたてることなく、ただ座っているというものだ。
ピアノの前に現れたジョンは、音楽関係者の多く集まった客席に一礼し、おもむろに鍵盤のふたを開け、懐中時計を取り出し、きっちり4分33秒過ぎると再びふたを閉じて退場した。
アメリカを代表する現代音楽のピアニストのデイヴィッド・チューダーは、その時の様子を「みなカンカンに怒っていた。中にはジョンに質問する者もいたが、こんな会場からはさっさと帰ろうと叫ぶ人まで出た」…と、振り返っている。
ダダイズム的な感もあるが、ジョン・ケージは「音楽を構成するものは沈黙と音だ。それらを統合することが作曲であり、この曲で私の主張は『何も言わない』ことであり、沈黙こそがこの曲なのだ」と語っている。
また、こちらはジョン自身の言葉ではないが、4分33秒は秒にして273秒、つまり全ての原子がその振動を完全に停止する絶対零度(約-273℃)にちなんで、音楽家も音を停止するという意味もあるのだという。
※次ページ、消された写真について
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