メディチ家に愛された画家、ボッティチェルリの栄光と晩年 ― 怪僧サヴォナローラに魂を奪われるまで

■ボッティチェルリの作品の特徴とは?

 さて、展覧会出品作の「パラスとケンタウロス」、それから「ヴィーナスの誕生」や「プリマヴェーラ」に共通するものがある。いったい何だかおわかりになるだろうか?

 それは、この時代の絵画の多くが「キリスト教絵画」であるのに対して、上記3点はどれも当時“土着の異教”と思われていた「ギリシャ神話」をテーマにした作品であるということだ。この時代は「新プラトン主義」という、キリスト教とギリシア哲学、神秘主義などが融合した独特の思想が流行していた。つまり、ルネサンスという時代はそれまでの枠組みに囚われない、自由な発想ができるようになった時代でもあるのだ。


■ボッティチェルリの学力に嫉妬していたレオナルド・ダ・ヴィンチ

 ところが、こうしたボッティチェルリの成功とは対照的に、メディチ家に一度も呼ばれなかった超大物アーチストがいた。誰あろう、かのレオナルド・ダ・ヴィンチだ。はっきりとした理由はわからないが、「自らの経験と自然」を“師”とするレオナルドには「新プラトン主義」が合わなかったのかもしれない。 

 さらに万能の天才らしからず、レオナルドはボッティチェルリの成功に嫉妬していた。彼が知人に宛てた手紙によればボッティチェルリを「水ぶくれのカボチャ」と罵倒し、そのあとで「彼に比べ、この私の成功していないことよ」とシュンと嘆いているのである。

 後年のレオナルドの名声からは考えられないことだが、このムキ出しのライバル心と嫉妬心は、若い頃に2人がヴェロッキオ工房において兄弟弟子だったこともあるかもしれない(兄弟子はボッティチェルリの方で、立場的にも上だった)。

 よく知られているように、レオナルドは、公証人セル・ピエロと農婦だったカテリーナを母として生まれた私生児だった。生活に不自由はなかったものの、実は公的な教育はほとんど受けたことがなかったのだ。それに対し、ボッティチェルリは当時の国際語でもあったラテン語をはじめとして語学に堪能だった。もちろん、正規の教育を受けていなかったレオナルドはラテン語が苦手で、しかもそのことを隠し通していたのだ。万能の天才も、語学は苦手で隠していたというのは、今から見れば何とも人間くさく可愛い話だが、自ら「私には教育がない」と嘆いていたレオナルドは、ボッティチェルリに何らかのコンプレックスを感じていたのかもしれない。


■怪僧サヴォナローラとの出会い、魂を奪われたボッティチェルリ

 しかし、時代は変わりメディチ家の没落がはじまり、それと同時に台頭してきた怪僧サヴォナローラ=ジローラモ・サヴォナローラに、ボッティチェルリは感化される。サヴォナローラは禁欲的な苦行を積んだドメニコ会の修道士で、豪華王の死やフランス軍のフィレンツェ侵攻を予言したことで、時代の寵児の上り詰めた男だ。

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