メディチ家に愛された画家、ボッティチェルリの栄光と晩年 ― 怪僧サヴォナローラに魂を奪われるまで

「フィレンツェよ、悔い改めよ!」

「プラトンやアリストテレスに背を向けよ! 奴らは地獄で朽ち果てた」

「聖母マリアを淫売に描いた絵は抹消せよ」

「ゲイは行きたまま焼き殺せ!」

 サヴォナローラはいわば、今でいうイスラム原理主義が500年前のイタリアに復活したような存在で、徹底した戒律を人々に課した原理主義者だった。異教的なテーマを扱う美術品や書物はすべて焼き払うように命じ、ボッティチェルリ自身も自らの作品を火の中に投じた。

 そのうち、サヴォナローラは地位と人気を失い、教皇の審問官によって火刑に処せられるのだが、ボッティチェルリの絵はかつての輝きを失っていく。60才になったボッティチェルリはメディチ家の年金で細々絵を描き、松葉杖をつきながらフィレンツェの町を歩いていたという。

 晩年のボッティチェルリの作品は、「これがあのボッティチェルリの絵か!」と思うほど生彩に欠け、とても同一人物のものとは思えないほど劣化している。まさにサヴォナローラに魂を奪われてしまったかのようだ。

 一方のレオナルドはミラノで名声を得たあと、各地を転々としてから18年後にフィレンツェに戻ってくるのだが、生彩を失ったかつてのライバルを見て何を思ったことだろうか。今となっては知るよしもない。

■小暮満寿雄(こぐれ・ますお)
1986年多摩美術大学院修了。教員生活を経たのち、1988年よりインド、トルコ、ヨーロッパ方面を周遊。現在は著作や絵画の制作を中心に活動を行い、年に1回ほどのペースで個展を開催している。著書に『堪能ルーヴル―半日で観るヨーロッパ絵画のエッセンス』(まどか出版)、『みなしご王子 インドのアチャールくん』(情報センター出版局)がある。
・HP「小暮満寿雄ArtGallery
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