麻原彰晃とは何だったのか? 〜オウム真理教のアジトに潜入して思ったこと〜

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■宗教者の後ろ盾

 こうして、マスコミを活用して少しずつ信者を増やしていった麻原は、教団設立の少し前には、ヒマラヤの「パイロット・ババ」というヨガ行者に会いに行って師事し、そのグルは麻原を「釈迦牟尼のような人になった」と讃えたという。また、その後にダライ・ラマ14世にも会いに行き、麻原は「君が日本に本当の宗教を広めなさい。君はボーディチッタ(仏陀の心)を持っている」と称賛されたと称している。こうした高名な人物との会見が、後に教団の宣伝として利用されることになる。パイロット・ババ師にしてもダライ・ラマ師にしても、残念ながら「インチキ尊師」を見抜く眼力は無かったということになる。


■麻原を称賛した日本の文化人たち

 当時の日本に目を向けると、麻原に心酔していた文化人たちも少なくはなかった。その例を何人か紹介しよう。まず、故吉本隆明氏(評論家)は、当初から麻原を原始仏教修行者として高く評価していて、サリン事件後も、「宗教家としての麻原彰晃は評価する」( 産経新聞、1995年9月5日)といった麻原擁護と解釈できるような発言を行っていた。栗本慎一郎氏(経済人類学者)は、麻原との対談で「麻原さんのように煩悩を越えられた方は非常に素晴らしいし、そこからの教えを説いていっていただきたいと思います」(サンサーラ、1992年1月号)と称賛していた。

 荒俣宏氏(博物学者)は、『ゼロサン』1991年6月号で、「私は麻原尊師に限りない好感を抱いた。恐らく解脱した者は幼児のように他愛もないか、あるいは阿修羅のように熱狂的であるかの、どちらかだろう」と絶賛していた。島田裕巳氏(宗教学者)は、「(オウムが)仏教の伝統を正しく受け継いでいる」(週刊朝日、1991年10月11日号)などとオウムに対して終始好意的な評価をし、サリン事件発生後もオウム真理教を擁護する言動を繰り返していた。

 中沢新一氏(宗教学者)は、1980年代の末からオウムへの関心を示す発言をし、またオウムのテロリズムをも肯定すると受け取られる言動によって批判されていた。たとえば、週刊ポスト(1989年12月8日号)の「オウム真理教のどこが悪いのか」と題した記事では、「僕は彼が顔に似合わずとても高度なことを考えている人で高い意識状態を体験している人だと認めています。日本の今いるいろいろな宗教家のなかでも知性においてかなり上等なレベルにいる人だと思いました」と手放しで絶賛していた。

 お笑いの世界では、ビートたけし氏がテレビ番組や雑誌で麻原と対談を行い、麻原と通じ合うものが多かったと好意的な感想を語っていた。

 言ってみれば、これらの高名な文化人たちも、麻原がグルとしては「ニセモノ」だということを見抜けなかったことになる。本人たちは自分も騙されていたのだと言うだろうが、社会に悪影響を与えた自分たちの言動に対して十分な釈明を行っているとは言いがたい。オウム真理教の興隆は、文化人なども取り込んだ巧妙なマスコミ活用戦略にも要因があったといえるだろう。

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