>  >  『私が愛する映画』 田中幸夫監督

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田中幸夫


『凍蝶圖鑑(いてちょうずかん)』の田中幸夫監督
その倫理観・価値観および思想に共感を覚えたと同時に他を圧倒する
刺激的な存在感とカッコ良さに魅了された編集部は、さっそく寄稿をお願いした。
今TOCANAで考える最もヤバい男の内の1人である、田中幸夫監督の頭の中とは―?

 十数年前にNHKの番組で獣医さんのドキュメンタリーを作ったことがある。犬、猫、フェレットの他、エキゾチック・アニマルも撮影したいというこちらの要望に対し、獣医さんはイグアナ、猿、ニシキヘビの飼い主さんを紹介してくれた。驚いたのは飼い主と動物との完全なる相似だった。白磁の肌をもつ女性はイグアナ、落ち着きのない茶髪女性は猿、頬っぺがふっくらした如何にも好人物の女性はフェレット、極道風の顎髭男性はニシキヘビ...。人間は自らの似姿を求める存在だと改めて確信したのだった。

 そう、人間の関心の対象は何よりも自分自身なのだ。

 今回、自己確立の揺籃期に「私とは何か」を発見する手がかりともなった“私が愛する映画”を紹介できることは存外の喜びであり、このような機会を提供頂いたTOCANA編集部には深く感謝したい。
加えて、“愛する映画”を光明に映像製作を続ける私の仕事の一旦も紹介できればと思う。

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画像は『心中天網島』(東宝)

『心中天網島』(1969年) 監督:篠田正浩

 近松門左衛門の“虚実皮膜論”を現代的映像解釈で解体再構築した映画。男と女の“愛”の頂点での死。死を前提としなければ成就しない愛という名の幻想……。メビウスの輪のように、エロスとタナトスが渾然一体となった不気味さは、人間の根源的な不可解さそのもの。「エロスとは死にまで至る生の高揚である」(ジョルジュ・バタイユ)...17歳で感染した見果てぬ夢は、今も私の中で生き続けている。
 23歳の私が初めて書いた長編シナリオ、外人バーで生きる娼婦と放浪の中年男が心中を図る『メリーの猫』は20年前の震災で消えた。
 今、車谷長吉の小説『忌中』の映画化を夢想している。

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