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【科学ライターが検証するオカルト!! 救世主はアフリカに黒人として再臨していた!?第2回/全3回】

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Renaud Camus From Flickr CC BY 2.0

第2話 シメオン・トコは救世主だった!?2話目から読んでも楽しめます

 第1話では、植民地政府(ベルギー)支配下の中央アフリカにおいて活躍した預言者サイモン・キンバングーが行った奇跡と、彼が予言した救世主=シメオン・トコの出現について触れた。今回はいよいよシメオン・トコが行った奇跡を紹介していく。


■シメオン・トコの奇跡の始まり

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シメオン・トコの集会に集まった支持者たち

 1949年7月25日、トコと35人の聖歌隊のメンバーは、マエンゲと呼ばれる通りにある、ヴァンガ・アンブロシオという男の家に集まった。祈りの時間が来るのを待ち、聖歌隊は歌い始めた。深夜0時少し前であったが、シメオン・トコは目を空に向けて、主に対する祈りを口にした。「主よ、あなたはいつも私の祈りに答えてくれることを私は知っています。あなたが私に送られたこの子羊たちのことをお考えください。この任務はあまりにも大きく、聖霊の助け無しでは、あなたの意図することを私たちは達成することができないでしょう。3年前、私があなたに捧げた祈りをお聞き届け頂けたでしょうか?」

 0時丁度、強い風が家を揺すり、聖歌隊のリーダーであるアンサオ・アルフォンセ以外の全員に聖霊が憑りついた。神は、彼には冷静な心を保たせて、目の前で起こる奇跡を証人として書き留めさせるように意図したのだ。多くの人々は不明な言葉を口にしていた。ある者は天界の光を目にし、ある者は天使の声を聞いた。また他の者たちは、そこから数キロも離れた場所にいる人々と、はっきりと交信することができた。

 この聖霊降臨節における奇跡は、シメオン・トコ支持者を町中に増やし、人々は次々と祈りを捧げるようになっていった。だが、これは動乱を引き起こしそうな危険な活動として、ベルギー植民地政府の注意を引いた。3カ月もしないで、警察は伝道者たちを次々と投獄していった。ある者は、斬首され、家ごと焼き殺されたり、川で溺死させられたり、射殺されたりした。そして、植民地政府は、彼らを追放する決定を下した。妻、夫、子どもたちと引き離され、彼らは数百キロから数千キロ離れた土地に追放された。

 キンバングーの新しい支持者、シメオン・トコの周りで次々と奇跡が起こり始めると、ベルギー政府は一気に彼らの息の根を止めようと試みたのだ。


■次々と的中するトコの預言

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シメオン・トコ

 1949年10月22日、トコと3000人の仲間たちは、オフィルトラとノロの2箇所の刑務所に投獄された。そして、3カ月後に彼らは国外追放の判決を言い渡された。

 その時から、トコはその正体を現す事になった。

 ノロ刑務所のベルギー人所長は、ピロテという名の男であった。彼は刑務所内のトコ支持者たちを差別的言葉で罵り、虐待した。彼はいつも次のような言葉を吐いた。「不潔なニグロ! お前たちはニグロの国、アンゴラに帰れ!

 虐待に疲れたシメオン・トコは鋭くピロテに答えた。

「もしここによそ者が居るとしたら、それはあなたである事を知りなさい。私が家であることを示すために、あなたが不正を行ってベルギー領コンゴから私を追放する日、私はあなたを側に従えて、私の荷物を運ばせるでしょう」

 トコは両手を上げて、指を広げて、ピロテに数えるように言った。「この国から立ち去るのに、私はベルギー人に10年与える。それ以上でもそれ未満でもない」

 当時、誰もトコの言葉を理解できなかった。しかし、トコの弟子たちは後に理解することになった。彼らが追放された日、ピロテは倒れた。彼はオフィスで仕事中に心臓発作を起こし、銃で撃たれたぐらい突然に死亡したのだ。

 また、10年後の1960年、ベルギーはコンゴから撤退を余儀なくされた。しかし、この出来事を推進したのは、シメオン・トコがベルギー軍の統制を解体させたことにある。この信じがたい話は中央アフリカでは誰もが知っているという。


■ベルギー植民地軍と闘った聖霊

 1959年1月4日、レオポルドビル(現キンシャサ)の街に、ケルビム(丸々太り、頬を赤くした、翼を持った美しい子供の姿の天使)とセラフィム(6つの翼を持った天使)の集団が現れ、ベルギー植民地軍に立ちはだかったのだ。

 レオポルドビルの市民たちは、筋肉たくましく、子どもの背丈(1メートル以下)で、堂々とした約1,000人もの小人を目撃した。彼らは皆、小柄な人間に似た生命体で、強力な強さを発揮した。例えば、彼らは片腕で5トン・トラックを放り投げたのが目撃されている。ベルギー兵たちは小柄な茶色の天使たちに発砲したが、まったく効果が無かった。恐れをなした植民地軍は混乱に陥り、撤退した。そして、その天使たちは、現れたときと同じように、突然姿を消したという。

 この1年後の1960年、コンゴは独立を果たした。因みに、この日、数千人のレオポルドビル市民がこの出来事を目撃し、今なおこの出来事を覚えている証人たちがいる。そして、1月4日はキンシャサ(旧レオポルドビル)では祝日となっている。


■トコ、殺害されるも甦る

 追放されて、アンゴラに戻ってきたシメオン・トコに休まる時間は与えられなかった。その後、9回も追放処分を受けたのだ。もちろん、その間、何度も命を狙われた。度重なる追放処分の目的は、トコの影響力を弱め、シメオン・トコ教会を解体することにあった。ところが、トコやトコ支持者たちがどこの土地に送られても、ポルトガル人が「トコイズム」と呼ぶ信念を持つメンバーを増やしていく結果となった。最終的に、ポルトガル殖民地政府は、トコを殺害する決断を下した。

 トコがアンゴラ南部のコカンダの農場に奴隷として送られていた時、彼の首に賞金が掛けられた。2人のポルトガル人農場長は、その報酬を求めてトコ殺害を企てた。以下は、当時トコが奴隷として働かされていた時に農場でコックをしていたパスター・アデリノ・カンハンディ氏が1994年に証言した内容である。

 カンハンディは忙しく料理をしていた時、自分を呼ぶ声を聞いた。

「カンハンディ、カンハンディ、ここに来なさい」

 シメオン・トコであった。トコは彼に告げた。

「ここに立って、注意を払いなさい。今一度、人の子が試されるでしょう」

 カンハンディは、キリスト教徒でもなく、何の事やら判らなかったが、何が起きるのか見届ける事にした。

 1人のポルトガル人農場長が現れて、トコを呼んだ。

「おい、シメオン。あそこのトラクターが見えるだろ。雑草が詰まって、あの種蒔き器が動かなくなっている。奇麗に取り除くんだ!」

 トコは従順に機械の下に潜り込んで雑草を取り除こうとした。その時、農場長は運転席に座り込んで、エンジンを掛けた。自動的に種蒔き器の刃が回転を始めて、トコの体はたちまち粉砕された

 その光景を見たカンハンディは、恐れ立ち尽くした。農場長は少しトラクターをバックさせて、トコが死んだことを確認した。そして、もう1人の農場長は、トコ殺害に成功したことでVサインを送った。

 信じがたいことが起こったのはその直後だった。カンハンディと2人のポルトガル人の前で、トコの体は元に戻り、立ち上がったのだ! カンハンディは自分の目を疑った。ポルトガル人は、恐怖のあまり逃げ出してしまった。その日以来、カンハンディは主を信じ、家族全員でシメオン・トコ教に改宗した。

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心臓を摘出されて殺害されたあと、生き返ったことを示すシメオン・トコ

「父は、わたしが自分の命を捨てるから、わたしを愛して下さるのである。命を捨てるのは、それを再び得るためである。だれかが、わたしからそれを取り去るのではない。わたしが、自分からそれを捨てるのである。わたしにはそれを捨てる力があり、またそれを受ける力もある。これはわたしの父から授かった定めである」(ヨハネによる福音書:10:17-18)

 キリストは自分のことを「人の子」と呼んだ。日頃、シメオン・トコは主イエス・キリストのことをよく口にして、他の者たちと同様に、自分のことをキリストの使用人であると言っていた。ところが、カンハンディによれば、自分のことをキリスト同様に「人の子」と呼んだことが分かる。彼こそ本当にイエスの再臨なのではなかろうか?
そして、ついにシメオン・トコの話はバチカンにも届いた。教皇ヨハネ23世は、トコにメッセージを伝えるため、2人の高位の使者をアンゴラに送った。不幸にも1人はルアンダで赤痢に倒れ、病院に収容された。しかし、もう1人は、トコに会うことができた。

「私は教皇ヨハネ23世から個人的に遣わされた使者で、あなたに1つの質問をするためにやってきました。あなたは何者ですか?」

 シメオン・トコは答えた。

「教皇のような高位の方が私の存在に興味を示され、あなたは私に会うためだけに8,000キロも旅してきたことに驚きました。あなたが教皇に与えるべき答えは、聖書のマタイによる福音書、第11章2~6節です」

 さて、獄中でキリストのみわざについて聞いたヨハネは、その弟子たちに託して、イエスにこう言い送った。

「おいでになるはずの方は、あなたですか。それとも、私たちは別の方を待つべきでしょうか」イエスは答えて、彼らに言われた。「あなたがたは行って、自分たちの聞いたり見たりしていることをヨハネに報告しなさい。盲人が見、足なえが歩き、らい病人がきよめられ、つんぼの人が聞こえ、死人が生き返り、貧しい者には福音が宣べ伝えられているのです。だれでも、わたしにつまずかない者は幸いです」

■ケイ・ミズモリ
早稲田大学理工学部卒業後、1992年に渡米。芸術・文化・社会問題で新聞・雑誌等に寄稿するジャーナリストとして活動後、 2003年に帰国。「自然との同調」を手掛かりに神秘現象の解明に取り組み、科学的洞察力を養う解説を行うナチュラリスト、サイエンスライター、リバース・スピーチ分析家。
著書に『底なしの闇の[癌ビジネス]』(ヒカルランド)、『超不都合な科学的真実』、『超不都合な科学的真実 [長寿の謎/失われた古代文明]編』、『宇宙エネルギーがここに隠されていた』(徳間書店)、 『リバース・スピーチ』(学研パブリッシング)、『聖蛙の使者KEROMIとの対話』、『世界を変えるNESARAの謎』(明窓出版)などがある。
ホームページ: http://www.keimizumori.com/

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