>  > 安保闘争の場で使われた身分を隠すグッズ

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平田宏利

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 安保法制をめぐる、強引な議論の進め方は多くの国民の怒りを買った。審議の最中、国会前は連日のように安保法制に反対する人々が駆けつけた。その中でとりわけ注目を集めたのが、大学生による緊急行動として結成したSEALDsだろう。

 SEALDsに集まる学生たちは、カジュアルなファッションに身を包んだ、今どきの普通の若者であった。

 学生たちが国会前に集まる現象は、60年安保、70年安保をめぐる安保闘争の場においても見られた。その際、一部の学生はヘルメットをかぶっていた。ヘルメットは、あの時代を象徴するトレードマークともなっている。そもそも学生運動の闘志たちは、なぜヘルメットを着用していたのだろうか。

 まず挙げられるのは身を守るためである。当時の街頭デモは、角材、催涙弾、投石などが飛び交う危険な空間であった。テリー伊藤は、学生時代にデモに参加したところ、顔に石が直撃した結果、斜視となった。

 ただし、ヘルメット着用は単なる安全対策のためだけではなかったようだ。

「当時、安保闘争を担っていた新左翼勢力は、多くの党派に分裂していました。集会などの場で、特定のカラーや、ロゴの入ったヘルメットをかぶることによって動員数を誇示したり、党派の人間が参加者を視認したり、取り仕切るためのわかりやすい記号としてヘルメットが存在していたといえます」(学生運動に詳しいジャーナリスト)

 さらに、一部の学生は、タオルで顔を隠したり、白衣に身をまとったりする姿も見られた。この格好にはどのような意味があるのだろうか?

匿名性を高めるというのが一番の目的でしょう。何度もデモに参加していれば、服装や格好などから、参加者が特定されてしまうこともある。その対策として、白衣をまとい、タオルで顔を隠すということが行われていました。当時、配られていた手書きのビラも、執筆者の特定を避けるため、文体を統一したり、違う人間が書いたりすることで筆跡を変えるといったことも行われていました」(前出・同)

 往年の学生運動は、個人がひとつの党派、集団としてまとまってゆく側面が強かったということなのだろう。そうして見ると、個人の意思や行動がクローズアップされた、2015年の国会前の現象は、確かに新しいものだったのかもしれない。
(文=平田宏利)


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