トールハンマー、ネブラ・ディスク…古代文明の叡智を秘めた驚くべき遺物たち【前編】

 ヒトをヒトたらしてめている特性の1つが道具の使用である。我々の祖先は遥か昔から各種の道具を作り、使ってきたのだが、歴史系メディア「Ancient Origins」がその中でもきわめて興味深い古代の遺物を紹介している。

■トールハンマー(西暦900年:デンマーク)

 北欧神話に登場する神、トールの持つ武器である雷鎚(いかづち)の英語名がトールハンマー(Thor’s Hammer)である。

 10世紀のヴァイキングたちにお守りとして携行されており、今までに1000個以上が見つかっている。

トールハンマー 画像は「Wikipedia」より

 形状にはさまざまなバリエーションがあるのだが、文字情報が残されていないので、個々のお守りが確実にトールハンマーであるのかどうは微妙な側面もあるという。

 しかし今年初め、デンマークのロラン島コベレフで同様のペンダントが発見され、そこには「これはハンマーである」というルーン文字が刻まれていた。青銅で鋳造され、おそらく銀、錫、金でメッキされたこの1100年前のペンダントは、トールの神話がヴァイキングの装飾品に深い影響を与えたことを示している。

 北欧神話によれば、トールは雷、稲妻、嵐、樫の木、強さ、人類の保護、神聖化、治癒、豊饒に関連するハンマーを振り回す神である。トールは、ローマによるゲルマニア地域の占領から、移民時代の部族拡大、バイキング時代に獲得した人気に至るまで、ゲルマン民族の有史以来、何度となく言及される神である。スカンジナビアのキリスト教化以降、トールハンマーはカウンターカルチャーの意味合いを帯びたことでさらに人気を博しているということだ。

■カラルのキープ(紀元前3000年:ペルー)

カラルのキープ 画像は「Wikimedia Commons」より

 現在のペルーにある古代アンデス文明のカラル遺跡はアメリカ大陸最古の文明を代表する5000年の歴史を持つ大都市であった。

  遺跡で回収された多くの驚くべき遺物の中には、キープ(Quipu)として知られる結び目のある奇妙な編みヒモもある。

 実はこのキープ、ラマやアルパカの毛、あるいは綿で作った色つきのヒモで構成される“記録装置”なのだ。

 このシステムは納税義務の監視、国勢調査記録、暦情報、軍事情報に至るまで、データの収集と記録の保管に活用されていたことで知られている。

 ヒモにはエンコードされた数値およびその他の値が含まれており、かつての南米のいくつかの社会での統計情報などが保存されていた。そしてこのキープは以前に想定されていたよりもずっと古く、紀元前3000年にさかのぼる起源を持つことがわかってきている。

■テラコッタ製哺乳瓶など(紀元前400年:イタリア)

 2013年、イタリアの考古学者はブタの形をしたおもちゃとしても機能する2400年前のテラコッタ製哺乳瓶(terracotta baby’s bottle)を発見した。このユニークな遺物はマンドゥリアの建設工事でメッサピア人の墓が発掘された際に発見されたいくつかの希少品のうちの1つである。

「Ancient Origins」の記事より

 この遺物はガトゥス(guttus)として知られている急須の一種で、ワインなどの飲み物に使用されるのが一般的だが、このユニークなブタの形状をしたガトゥスは赤ちゃんや幼児に栄養ドリンクを与えるために使われていた。またお腹の部分には赤ちゃんをあやすガラガラ(ラトル)が入っていた。

 ガトゥスの歴史は約2400年前に遡り、紀元前1000年頃にイリュリア(バルカン半島西部の地域)から移住してきた部族集団であるメッサピア人がイタリア南東部に居住していた時代にさかのぼる。ローマ共和国がこの地域を征服し、住民を同化させた後、メッサピア人は絶滅した。

■ネブラ・スカイ・ディスク(紀元前1600年:ドイツ)

ネブラ・スカイ・ディスク 画像は「Wikimedia Commons」より

 ネブラ・スカイ・ディスクは3600年前の青銅製ディスクで、きわめて珍しい工芸品であるため、当初は考古学的偽造であると考えられていた。しかし詳細な科学的分析により、それが確かに本物であることが明らかになり、ユネスコの「世界記憶遺産」に登録されている。

 ネブラ・スカイ・ディスクは、ドイツのザクセン・アンハルト州のツィーゲルローダの森で発見され、2本の貴重な剣、2本の斧、2本の螺旋状の腕輪、1本の青銅のノミとともに、丘の上(ミッテルベルク)の先史時代の囲いに儀式的に埋葬されていた。

 ディスクは直径約30センチ、重さ2.2キロで、青緑色の緑青で装飾され、金のシンボルが象嵌されている。これらは一般に、太陽または満月、月の三日月、星々(プレアデス星団と解釈される星団を含む)として解釈され、側面に沿った2つの金色の円弧は82度の角度に広がり、ミッテルベルクの緯度(北緯51度)における夏至と冬至の日の入りの位置の間の角度を正確に示している。

 意味不明の複数の点に囲まれた底部の弧は、多数のオールを備えたソーラー・バージ(太陽の船)、または天の川としてさまざまに解釈されました。ゴーゼック・サークルやストーンヘンジなど、はるかに古い土塁や巨石天体複合体は夏至と冬至を特定するために使用されていたが、ネブラ・スカイ・ディスクはそうした測定を可能にする最古の「ポータブル機器」なのである。

■ブッシュバロー・ダガー(紀元前2000年:イギリス)

 ストーンヘンジからわずか0.5マイル離れたブッシュバロー( Bush Barrow)として知られる青銅器時代の古墳内で1808年、考古学者のウィリアム・カニントンが複雑な装飾が施された青銅製の短剣を発見し、ブッシュバロー・ダガー(Bush Barrow dagger)と呼ばれるようになった。

ブッシュバロー・ダガー 「Wiltshire Museum」より

 短剣の装飾には幅わずか3分の1ミリの小さな金の鋲が最大14万個も埋め込まれていた。

 飾り鋲を作成するには、職人はまず髪の毛より少し太い極細の金線を作成する必要があり、次にワイヤーの端を平らにしてスタッドヘッドを作成し、非常に鋭いフリントまたは黒曜石のカミソリでヘッドのわずか1ミリ下を切断した。

 その後、この繊細な手順が文字通り何万回も繰り返された。次に短剣の柄に何千もの小さな穴を開け、スタッドを所定の位置に保つための接着剤として木の樹脂の薄い層を表面に塗りつけ、さらに各スタッドをその極小の穴に慎重に配置した。ワイヤーの製造、スタッドの作製、穴の作製、樹脂の塗布、スタッドの位置決めなどのプロセス全体が完了するまでには、少なくとも2500時間が費やされたと推定されている。

参考:「Ancient Origins」ほか

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文=仲田しんじ

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター @nakata66shinji

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