元ホストが語った「本当に怖い三角関係の怪談」が恐ろしい! 幸せな女を襲う生霊の闇…『いきすだま ~去る女~』

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※当記事は2020年の記事を再編集して掲載しています。

川奈まり子の連載「情ノ奇譚」――恨み、妬み、嫉妬、性愛、恋慕…これまで取材した“実話怪談”の中から霊界と現世の間で渦巻く情念にまつわるエピソードを紹介する。

いきすだま ~去る女~

 怪談好きな能楽師の友人の影響で、にわかに能関係の本を読み漁っている。

 お能鑑賞の予習をするだけのつもりだったが、知るにつれ、能楽と怪談の共通項が見えてきて、本格的に引き込まれそうな気配がする今日この頃だ。

 ところで、講談師の方が、同じ語り芸でも「落語はフィクション、講談は実話」とお話しされていた。

 講談では実話に欠かせない5W1Hを明確に語るというのだ。

 実際、講談を聴いてみれば、建前としてノンフィクションであるはずの実話怪談よりも、時や場所についてはっきり語られていることがわかる。

 では、お能はどうかというと、5W1Hが比較的明確な(神話や説話の世界の中であっても)ものもあれば、曖昧なものもあり、一律には語れないようだ。

 では、お能と実話怪談に共通するところは何なのか?

 能楽が描くところの幽玄、その世界観は無論まったく実話怪談とは異なる。

 ところが、枝葉を切り落として筋立てを剥き出しにしてみると、ほとんどの話が「人も歩けば怪にあたる(=日常を生きていたら、ふいに怪異に遭遇する)」という実話怪談の王道パターンと重なっているのだ。

 お疑いの方もいることと思う。実話怪談なんて下世話なものと、高尚な芸術文化である能楽を一緒に語ってほしくないとお怒りになる方もいらっしゃるかもしれない。

 しかし、お能の筋立てを構造に注目して解説すると、たとえば、「旅の僧侶が海辺で美人姉妹と出逢うが、実は彼女らは幽霊(能楽『松風』)」、「漁師が羽衣を拾うと天女が訪れて羽衣を返してほしいと訴える(能楽『羽衣』)」といった調子なのである。

 旅の僧侶や漁師をタクシー運転手や合宿中の学生に置き換えたら、そしてまた、羽衣を、スマホや服飾品、家具や食器など現代のガジェットや、或いは得体の知れない物体に替えたら、さて、どうなるだろう?

 天女はさておき、いや、天女すら宇宙人や妖怪に置き換え可能で、そういう都市伝説的な実話怪談は数多あるではないか……。

 私も、古い箪笥を入手した友人が元の持ち主らしい幽霊に襲われる『羽衣』パターンの話を書いたことがある。旅の僧侶ならぬサービスドライバーやトラック運転手が移動中や宿泊先で幽霊に遭遇する『松風』パターンの話に至っては、もう何本書いたかわからないほどだ。

 能楽師である友人が実話怪談好きになるのも、むべなるかな、という気がした。

 ――枕が長くなってしまった。

 しかしまあ、こういうことを日頃から考えていたので、生霊がらみの体験談を聴いた途端に、お能の『葵上』を想起したのも道理なのだった。

 能楽作品『葵上』は、紫式部の『源氏物語』「葵」の巻から、光源氏の正妻・葵の上を苦しめる愛人・六条御息所の生霊が祈り伏せられて成仏するまでの一幕に焦点を当てた作品で、一説によれば「葵」を世阿弥が改作したとされている。  

 一般的に、お能というと遠い世界に感じる向きがある。そこで、現代でもよくある三角関係を思い浮かべてもらいたい。

 まず、3人の男女――男、その正妻と愛人――がいるとして、正妻は若く、男(夫・光源氏)に愛され、未来の幸福を暗示するかのように妊娠もしている。

 一方、愛人は男よりも年長で、夫と死別した寡婦(未亡人)だった。

 そして今、彼女は男の寵愛を失ったため、愛する男を二度までも奪われたことになった。その絶望は深く、幸せな女に対する嫉妬もまた激しかった。

 そんな彼女の生霊が、幸せな女を襲う。

 現実には生霊など飛ばせるものではないが、捨てられた者の絶望・嫉妬・憤怒には、誰しも共感を覚えるのでは?



 今回お話を伺った、47歳の会社役員、貴司さんは、ごく若い頃、関西のホストクラブで働いていた。今や良き家庭人、常識的な社会人として日々を過ごしているけれど、その昔、売れっ子ホストだった頃は、プライベートに於いても花畑の蝶のごとく女性から女性へと飛びまわっていたようだ――というのは彼から事の顛末を聴いた私の感想であって、貴司さん自身は決して「昔はモテた」と自慢しなかったことは彼の名誉のために記しておきたい。

 20年以上前のことで、現在の貴司さんからは想像もつかないけれど、18歳から始めたホスト稼業はよほど水が合っていたと見えて、2年もすると鰻登りに人気が出て、21のときには大口のパトロネスがついた。

 このパトロネス、アケミは、当時、夜の神戸にこの店ありと謳われるほどの一流クラブのオーナーママであり、彼と同棲するために新しくマンションを買うほど経済力があった。

 彼女は貴司さんの母親であっても不思議はないほどの年齢だったが、独身で、同居する家族はおらず、知り合ってみれば、華やかなイメージとは裏腹に孤独な人でもあった。

 そして、予想外に賢い女性なのだった。

 今でも高級クラブのママには、美人なだけではなくて、博識で頭の回転がすこぶる速く、乗馬やゴルフなど顧客が好みそうな趣味全般に優れており、着物の着付けも出来れば外国語にも堪能で東西のマナーも完璧にマスターしているという、隠れた超人が珍しくない。

 アケミも、そういう万能の女性だったのだ。

 貴司さんの社会人としての基礎は、彼女によって築かれたと言っても過言ではないかもしれない。貴司さんは、アケミに啓蒙されて知恵を蓄え、急速に視野を広げた。

 皮肉なことに、それがアケミにとっては、仇となったようである。

 アケミに触発されて賢くなった彼は、高校の勉強をし直して、大学か専門学校に進学したいと考えはじめたのだ。

 そして、いつか努力が実った暁には、自分の隣にいるのはアケミではないような気がしてきたのだった。

 アケミの引き際は、それはそれは潔かった。

 愁嘆場は、誇り高い彼女の望むところではなかったのだろう。

 アケミは、彼の気持ちが離れ切る前に、自ら別れを告げた。しかも、マンションの名義を書き換えることまではしなかったが、無期限に貴司さんが住むことを許して、自分が買った愛の巣から立ち去った。

 貴司さんと口喧嘩をすることもなく、去り際も笑顔で、涙ひとつ見せなかったという。

 それが、貴司さんが23歳のときのことだそうだから、アケミと彼との蜜月は2年余りで終わってしまったわけである。

 当初、貴司さんは、戸惑っていた。

 恋の気持ちが薄れても、情はかえって強まっていたし、すでに日常生活の隅々にまでアケミの陰が入り込んでいて、彼女の不在を前にして途方に暮れた気持ちになったのだ。

 その一方で、久しぶりに若者らしい、爽快な自由を味わってもいた。

 アケミの視線から外れてみたら、一日中だらけることも、マンションに仲間を呼んで宴会を開くことも、好きにして構わない。

 アケミが嫌いそうな音楽のCDを掛けたり、悪趣味な服を着るのも勝手だ。

 住んでいる部屋の本当の主はアケミだが、独りで暮らすうちに、そんなことは日に一回も頭に上らなくなってきた。

 アケミとの別離から半年足らずで、彼にはナナという新しい恋人が出来た。

 年齢は貴司さんよりも1、2歳下で、職業はキャバクラ嬢。アケミにあった威厳や格のようなものは欠片も無い代わりに、朗らかで率直で、冗談が通じた。

 性格や財布の中身を含め何についても軽やかなナナは、付き合いはじめるとすぐに、貴司さんが住むマンションに居つくようになってしまった。

 そのとき、貴司さんは、これはアケミが買ったマンションだということを、ナナに打ち明けそびれた。

 新しい恋人と同棲しはじめると同時に、アケミに対する後ろめたさが湧いてきたのだが、事情をナナに説明するのは気が重いことだった。

 もっとも、秘密にしておけたのは最初の数日だけで、すぐに白状するはめになったのだが……。

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 ナナが来てから6日後、貴司さんの記憶が確かなら8月のある日、貴司さんがホストクラブに出勤すると、ナナは親友のセイラをマンションに呼んだ。

 セイラはナナと非常に仲が良く、2人で貴司さんがいるホストクラブに再三遊びに来ていたので、貴司さんとも顔見知りだ。

 その夜は仕事が休みだったナナは、セイラを泊まらせるつもりだと、あらかじめ貴司さんに伝えており、彼も了承済みだった。

 2人は楽しく過ごしたようだった。夕飯のときに少しワインを飲んだだけで、特に破目を外すこともなく、ゲームをしたりテレビを観たりし、あとはずっとお喋りに興じていたらしい。

 後から貴司さんが聞いたところでは、午前零時過ぎに消灯して、寝室のベッドに2人で潜り込んだということだ。

 ナナが貴司さんの携帯電話に電話をかけてきたのは、ちょうど午前3時で、彼はまだ勤務中だった。

 お互い店に出ているときは電話しないルールで、ナナはこれまでこの約束を破ったことが一度もなかった。

 なんだろうと訝しみながら電話に出ると、ナナの泣き声が耳に流れ込んできた。激しくしゃくりあげている。

「どないしたん? 何かあったんやな?」

 すぐに仕事に戻らなければならないので、急いで聞き出そうとしたのだが、ナナは泣いているばかりで、言葉にならない。

 そこで、セイラに電話を代わってもらった。

 セイラも動揺して声が震えていたが、ナナよりは冷静だった。

「さっきけったいなものをナナが見て……うちも怖うて、混乱してるんや。だってナナの首に……首に、手の跡が赤う付いとぉ……いやや、もう、あかん」

「なんやて? まさか誰かに首を絞められた?」

「ナナが言うには、知らんオバサンが上から覆いかぶさってきて、両手で首を絞めたんやって!」

 それを聞いて、貴司さんは、頭を殴られたかのような衝撃を覚えた。

 ナナの首を絞めたのはアケミだろうと直感したので。

 しかし、アケミは別れるとき合鍵を置いていった。念のため、セイラに戸締りを確認させたが、誰かが侵入した形跡は見つからず、物陰にアケミが潜んでいるということもなさそうだとわかった。

 アケミの性格から考えても、今さら戻ってくるわけがないと思われた。

「ナナが言うには、まず金縛りに遭うて、目ぇ開けたら、自分の顔の真上に女の顔があって……驚いて悲鳴をあげようとした瞬間、首を絞められたって……えらい細うて長ぁい指で、痩せた女やったと言うてる」

 ――アケミも痩せていて、手の指が長かった。

 そんな筈はないが、どうしても、その女はアケミだという気がした。

 仕事が終わると、着替える間も惜しんで、とにかく大急ぎでマンションに帰った。着いたのは午前6時半で、すでに空は明るかったが、家じゅうの電気が点けられていた。聞けば、いったん起きてから今まで明かりを全部点けていたのだという。

「怖うて」とナナが言い訳をした。

「セイラが電気ぃ点けてくれたら、その瞬間に、オバケが消えてん……」

 事の経緯は、だいたいセイラに聞いた通りだった。

――午前3時頃、ナナは金縛りにあって意識が覚醒した。手足は動かせなかったが、目を開けることが出来た。瞼を上げると、視界の大半を占めるほど間近に、女の顔が覆いかぶさってきていた。

「最初は般若のお面か思た。やけど、よう見たら、泣き笑いみたいな怖い表情で、うちを睨みつけてる中年の女の顔やったで。その女が、何にも言わんとニュッと両手ぇ伸ばしてきて、うちん首をギューッと絞めて、手足は動かへんし、息も出来へんくなって、唸ったりのけぞったりして苦しんどったら、セイラが気ぃついて……」

「そうそう。ナナが呻いてるのが聞こえて目が覚めて、どないしたんって声を掛けながら、天井の電気ぃ点けたんよ。真っ暗にして寝とったさかい」

「明るなった途端、女が消えて呼吸できるようになってんけど、ほら、首のとこ見て! まだ赤なってんやろ?」

 見れば、大きな赤紫色の痣がぐるりとナナの首に巻きついていた。

「ね? うち、ほんまに首を絞められた! それとね、匂いを嗅いでん!」

「匂い?」

「香水の! ウッディノート? 木みたいな、なんや変わった感じの……」

 ――アケミは若い頃からずっと同じ、ゲランのオードトワレを愛用していると言っていた。

 まだ鼻が憶えている。深い緑を重ねた、森の匂い。うなじに顔を押しつけて深く息を吸い込むと、下生えに咲いた草花や森の奥で生っている名も知れぬ果実の香りも嗅ぎ取れた。《夜間飛行》という名だと教えてもらって、どこまでも続く森を眼下に見下ろしながら夜の空を飛んでいくことを想像したものだ。

「怖いさかい、今夜はセイラのうちに泊めてもらうことにしたいんやけど、あかん?」

 怯え切った表情のナナを、引き留めることは出来なかった。

 2人は貴司さんが寝ている間に、マンションから出ていった。

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 黄昏時、そろそろ出勤の支度をしなければ思っていたところへ、セイラから電話が掛かってきた。

「あのね、うちの伯母さん、霊視が出来るねん。その伯母さんのとこに、ナナと一緒に、首を絞めたオバケのことで相談に行っとってん……」

 なんでも、憑いている霊の姿や来歴が読み取れるが、祓う力は無い、霊視専門の霊能者が親戚におり、家も近かったため、2人で訪ねてみたのだという。

 すると、伯母さんは、ナナを一目見ただけで、こんなふうに言い当てたのだそうだ。

「ナナが来る前に、あの部屋で貴司さんと同棲しとった女の人が生霊になって現れたものやさかい、きっとまた同じことが起きるに違いあらへんって。そんなんを聞かされたものやさかい、ナナは怯えて、今は貴司さんと話すのも怖いって言うとぉ。……貴司さん、あそこで誰かと同棲しとったん?」

 ――どころか、あのベッドでアケミと数え切れないぐらい愛し合ったよ!

 まさかそうも言えず、彼は「うん」と短く答えた。

「そうなんや……。その人って、年上で痩せとったんやろう? 伯母さんが、細うて綺麗な中年女性やて言うとった。貴司さん、その人になんかしたん?」

「ううん。僕はなんも……別に……」

 ――別れた後も彼女の部屋にちゃっかり住まわせてもらいながら、新しい恋人を連れ込んだだけなんだ!

「怒らせるようなことを、したんちゃうん? とにかく、あれが出ぇへんくなるまで、ナナはそこには帰らへんって言うてんで!」

 電話の後で、貴司さんはアケミとの別れに際して、自分がほとんど彼女を引き留めなかったことに、今さらながらに気がついた。

 引き留めず、内心、好都合だと思っていたのだった。

 その日は、いつもより早く、宵闇が迫る前に家を出た。

 影が濃くなるに従って、アケミの気配が迫ってくるように感じた。

 帰宅は逆に遅らせて、すっかり明けきってから店を発った。

 彼は、アケミが出ていってから、この部屋で夜を過ごしたことがなかったことにも、このときになって、ようやく思い至っていた。

 ナナと抱き合ったのも、明け方や日中ばかりで、夜ではなかった。2人とも夜の仕事で、休日は遊びに行った先に泊まることが多かったからだ。

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 1週間もすると、ナナの中で恐怖のほとぼりが冷めたようだった。生来、楽天的で陽気な性格だ。寂しがり屋でもある。

「そろそろ、もういけるよね? あれから、出てへんのやん?」

「出ぇへんね」

 家で夜を明かしたわけではないので、少々、不正直だった。が、彼もナナに会いたくてたまらなくなっていたのだ。

 話の流れで、ホストクラブの閉店間際にナナがやってくることになった。そうしたら、朝、一緒にマンションに帰ればいい。それなら生霊に遭わずに済む。

 貴司さんは、さほど心配していなかった。ナナもそうだろう。

 2人は腕を組んで帰り、マンションの玄関に入った。

 夏の朝だ。窓のカーテンを透かして陽が差し込んでおり、室内は明るんでいた。

 外に比べると、不思議なほど涼しい。冷房は切ってある。

 ナナが先に立って部屋の奥へ進んでいこうとする。

 ――ふと、厭な予感がした。

「ナナ」

 呼びとめて振り向かせた。

 その直後に、ナナが、それこそ般若のように目を剥いて顔を引き歪めたかと思うと、凄まじい悲鳴をあげた。

 そして、貴司さんを突き飛ばして玄関から飛び出し、外へ走り去った。

 背後で静かに、ドアが閉まった。

 森の芳香が、包むように肩を抱き、鼻先まで触手を伸ばしてくる。

 懐かしい香りだ。ひと言では説明のつかない涙が溢れてきた。

 貴司さんは、洟を啜りながら、アケミの携帯電話に電話した。

 出ますように、まさか死んでいませんように、と、祈りながら。

 朝っぱらから出たのは亡霊になったからなんてことだったら、悲しくてやりきれないと思った。

 むしろ生霊の方が、自分にとっては救いがある。

 4コール目でアケミが出たときは、気が遠くなるほど安堵した。

「アケミ? 久しぶり。あのさぁ、なんや、わからんけど、今の彼女が寝てるときに、アケミが出たんやて」

 緊張するあまり、冗談めかした口調になってしまったが、どうしようもなく語尾が震えた。

「霊能者に霊視してもろうたら、スリムな美人の生霊やて言うとぉねんて。《夜間飛行》の匂いが今もするんやけど、もしかしたら、さっきからこっちに来てるん? 僕には全然見えへんけど、彼女はキャアって叫んで逃げてったよ。ほんまにアケミなん? 答えてや」

 嗚咽が返ってきた。

 アケミが泣いている。それが答えだと貴司さんは思った。

「アケミはこの世界じゃ有名人やさかい、噂は耳にしとったんや。彼氏が出来たって聞いてる。どうなん? ほんまはデマなん? 僕ん方は彼女が出来たけど、もうあかんかもわからへん。まあ、しゃあない。これで踏ん切りついた。僕は明日にも、この部屋を出ることにする」

 むせび泣く声が、ひときわ高まった。

 最後に一言、「ごめん」と叫んで、アケミはプツッと通話を切った。

 すると、独りぼっちになった貴司さんの周囲から、あれほど濃かった森の芳香がたちまち薄れて、消えた。

 貴司さんは、「それからは生き霊が出なくなりました。アケミは、泣いたことで未練が吹っ切れたのかなと思います」と、インタビューする私に言って、この話を締めくくろうとした。

 そこで私は、急いでこう訊ねたのだった。

「では、生霊が出なくなったということを、ご確認されたんですか?」

 そうしたところ、うっすらと苦笑する気配が電話の向こうから伝わってきた。

 なぜだろうと思ったが、

「はい。その後、引っ越すまでに、何度かナナを泊まらせましたからね」

 と、彼が言うので、私も苦笑することとなった。

「おやおや。明日にも出ていくと宣言したのに……。それに、戻ってくるナナさんもナナさんですが、平気で泊まらせちゃうのも、なんだか凄いですね。だって、また同じベッドでしょう?」

「はい。ほんまにしょうもない男でした。似た者同士で、ナナもたいがい、大雑把な子やった……。こんな調子だったから、その後再び、女性の生霊に遭うことになったんですよね。でも、二度目の生霊体験の方が強烈で、ストーカーとの合わせ技だったし、僕自身がついにハッキリ見ちゃったんですよ」

「生霊を、ですか?」

「ええ。では、今度また、その話をしますね」

(「いきすだま ~追う女~」に続く)

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文=川奈まり子

東京都生まれ。作家。女子美術短期大学卒業後、出版社勤務、フリーライターなどを経て31歳~35歳までAV出演。2011年長編官能小説『義母の艶香』(双葉社)で小説家デビュー、2014年ホラー短編&実話怪談集『赤い地獄』(廣済堂)で怪談作家デビュー。以降、精力的に執筆活動を続け、小説、実話怪談の著書多数。近著に『迷家奇譚』(晶文社)、『実話怪談 出没地帯』(河出書房新社)、『実話奇譚 呪情』(竹書房文庫)。日本推理作家協会会員。
ツイッター:@MarikoKawana

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