>  > 血液型占いも県民性も科学的根拠なし?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント0
関連キーワード:

王城つぐ

,

血液型

0118ketueki_main.jpg
※イメージ画像:『anan SPECIAL 人生が変わる! 恋する血液型』(マガジンハウス)

 血液型による性格分類や相性診断などの占いといえば、どこか少女趣味っぽい印象がある。だが、もともとは軍事と密接な関係にあったことはあまり知られていない。

 現在使われているABO型血液型分類法が確立されたのは、1910年ごろとされている。当時は第一次世界大戦の勃発をひかえた、戦争の時代である。戦時下において、兵士はもちろん、民間人も負傷の危険があり、輸血などの治療に必要な情報として、血液型の把握が急がれた。

 そして、4つの血液型の登場により、これを性格分類に用いる動きも出てくる。日本における血液型性格分類の提唱者は教育学者であった古川竹二である。1927年に、『血液型による気質の研究』を発表。同論文で提唱されたものは、几帳面なA型、ずぼらなB型といった、現在の血液型占いに通ずるものがあった。

 これを受け帝国陸軍が、血液型によって将校の気質、能力を分類し、適材適所に配置する研究を始めたが、実用化には至らなかった。この理由は、「例外が多すぎる」というものであった。考えてみれば当たり前である。A型にも几帳面な人間も入れば、ずぼらな人間もいるだろう。すべての人間を4種類に分類することに無理がある。

 この研究において“使える人材”として優遇されたのはA型であった。だが、日本人のおよその血液型分布は、A型が40%、O型30%、B型20%、AB型10%とされており、A型がもっとも多いのである。結局のところA型が無難な人材として重宝されていただけの話ではないだろうか。

 ちなみに現在、バラエティ番組などで取り上げられる「県民性」も軍事由来のものである。士気向上のため、軍隊の部隊は出身地別に分けられていた。その中において、県民ごとのおおまかな気質を分類していたのだ。

 科学的な根拠は完全に否定されていた血液型性格分類だが、1970年代に突如復活する。能見正比古が、1973年に『血液型人間学』(サンケイ新聞出版)を発売したのだ。同書はベストセラーとなり、以降、能見は多くの血液型関連の著作を発表する。

関連キーワード

コメントする

お名前
コメント
画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。