天才過ぎて、自分でも追いつけなかった男 ― ダダ史上最も偉大なアーティスト、ナムジュン・パイク!!

『午後四時頃、夕焼け空が次第に薄暗さを増し、うっすら寒くなり始める頃、髪が半分ほど白くなった独眼の巫堂(ムダン)が若い見習いの巫堂を連れて大門をくぐり、内室門の中に入ってくる。そうすると、父や兄、ぼくら男は全員裏門の外に逃避しなくてはならない。女だけの秘儀である。母、妹、嫁らが列をなして並びながら拝み、その拝んでいる隊列を前にして、社会的な身分は卑しいものの、この日だけは勢力がある巫堂が入ってくる。凄涼であるというのを英語にどうやって翻訳するか。凄涼だというのは凄涼なのであって、lonelyでもcalmlyでもない。ドイツ語のunheimischという形容詞がこれに近いか。狼が月を見て吠えるのを、ほのかにともる行灯を点けて田舎の行廊坊の中で聴くことが、まさに凄涼という言葉であり、その感覚である。ともかくこの頃になると、台所の大きな釡の中の塊肉がぐつぐつ煮立ち始める』(同書)


 韓国の伝統的なお祓いの説明なのだが、イメージの飛躍に次ぐ飛躍で、読むのに非常に苦労する文章だ。


■老いてなお、衰えなかったダダ精神

 ダダ精神健在、ということなのか、晩年にはこんな事件を起こしている。1998年。ホワイトハウスの晩餐に呼ばれたナムジュンは、正装をして赴いた。そして当時の大統領ビル・クリントンが近づいてきて握手を求めると、ナムジュンは手を差し出す代わりにズボンを下ろしたのである。

 ちなみにこの時、下着類はいっさい身につけてなかったという。セクハラ事件を起こしたクリントンへの皮肉だったのか、さまざまな憶測が飛び交うなか、ナムジュンは笑ってこう答えたという。

「ホワイトハウスの国賓晩餐会なんて、一生に一度行けるかどうかの機会なので、どうせならやりたいことはみんなやってみなくてはね」

 この蛮行にニューヨークのダダ仲間は拍手喝采だったとのことだが、筆者もまた然り。諸手を上げて拍手を送りたい。

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■天川智也(あまかわ・ともや)
1980年生まれ。早稲田大学仏文科卒業。古今東西の奇書を求めて日々奔走している。おもな作品にNHKドラマ『ルームシェアの女』(フランス語作詞)等がある。

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