写真・新納翔
■徐々に滞る宿代、定期的に訪れる謎の男
最初のうちは帳場にちょこちょこやってきては世間話をしたりして、気さくにお菓子の差し入れなどを持って来てくれた。そのうちに身の上話をするようになり、若い頃から飯場で料理を作り、その腕をかわれて旅館の厨房で働くことになったと。「○○さんの料理はおいしいっていうから色々な旅館からひっぱりだこでね。その頃はひとりで百人分作っていたんだよ。そりゃ凄いもんさ」。初めは警戒していたのかは知らぬが、だんだんと自慢話が多くなり、30過ぎて男に騙されたとか、話口調も横柄になってきた。「あの野郎が金を持って逃げたんだ、畜生!いつも騙されてばかりなんだよ!」時折、普段とは違い、語勢が乱れる語ることも増えてきた。
その頃から、月6万円程の宿代が滞るようになった。初めは長くてひと月で出て行くという話が、すでに秋が終わろうとしている。「姉の方はもう少し待ってくれと言われているだけで大丈夫だから。まとまったお金が入る予定があるから、多めに払います」だの言い出すとなると、なんだか怪しくなってくる。当初は、外出といえばスーパーに行くくらいだったが、頻繁に出かけるようにもなった。宿賃に関しては、まとめて払う場合以外、基本的にその日払いが原則だが、おばあさんの人柄からオーナーは「年金が入ったときでいいよ、まさか逃げたりしないでしょ、ハッハッハ」と笑い飛ばしていた。
そのちょっと前より、山谷でもこれといった知人がいないおばあさんのもとに、40を少し過ぎたほどの杖をついた男が訪ねてくるようになった。面会ということで部屋でなにやら30分ほど話しては帰っていく。ひとりでは靴もはけない様子で、手伝ったこともあった。何かある、胸騒ぎがした。
とんでもない事実がわかったのは、それから数カ月後のことだった。