「どうして人を殺してはいけないのか?」元少年Aの結論とは? ― 『絶歌』から加害者心理を読む
■少年院/犯罪者が更生していく過程
事件を起こした元少年Aは、関東医療少年院に送致された。仮退院したとき、両親はAを引き取ろうとしていたが、Aはそれを断った。家族と食卓を囲んでいる時に、もし事件に関するニュースが流れたらと思うと、耐えられなかったと書いている。そのため、更生施設と里親とを渡り歩いた。その過程でこんな自省をしている。
「僕はあの時、ちゃんと心と身体の真っ芯から『痛み』を感じきれたのだろうか。本当にとことんまで、自分の犯した罪や、自分自身と直面できたのだろうか。『成長』できたのだろうか。無意識のうちに、人間としての何か大事な機能を停止させ、ぎりぎりのところで『痛み』を回避してしまったということはないだろうか」(P205)
この気持ちが、もし真にリアルタイムな感情だったとしたら、確かに、Aは罪と向き合っているように見える。自分自身と向き合うのは普通の人間でもとても難しく、多くの人が「逃げたい」と思ってしまう。向き合ってまで何かをしなければならないのは「よほどのこと」だ。ただAはその「よほどのこと」をしたため、向き合うことが必要だったのだ。
あるドキュメンタリー番組を見て、こうも思っていたようだ。
「僕が『謝罪したい』と思うこと自体、傲慢なのかもしれない。どうすればいいのだろう。これほどの苦痛を、これほどの憎しみを、僕はどうやって受け止めればいいのだろう。僕は思考停止状態に陥り、途方に暮れてしまった」(P211)
ここも加害者の更生を考える意味では重要な部分だ。被害者や被害者家族は本当の意味では許さない。そう思っていた方がいい。また、自分自身の行動を「被害者や被害者家族の目線」で常にチェックして生きていかなければなないものだ。そういう視点を与えられたのなら、更生プログラムは順調だったのだろう。
そして、謝罪文には、彼の思考が十分に現れていた。たとえば、
「自分は生きている。その事実にただ感謝する時、自分がかつて、淳君や彩花さんから『生きる』ことを奪ってしまったという事実に、打ちのめされます。自分自身が『生きたい』と願うようになって初めて、僕は人が『生きる』ことの素晴らしさ、命の重みを、皮膚感覚で理解しました」(P292)
やや優等生的な文章ではあるが、思考としてみると、相当な変化を見ることができる。事件当時、「どうして人を殺してはいけないのか?」という問いが世の中に渦巻いていた。その「答え」を彼はこう出した。
「どうしていけないのかは、わかりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしやったら、あなたが想像しているよりもずっと、あなた自身が苦しむことになるのです」(P282)
にもかかわらず、本書が非難を浴びる最大の要因も書かれている。
■履き違えた「更生」か?
「自分の過去と対峙し、切り結び、それを書くことが、僕に残された唯一の自己救済であり、たったひとつの『生きる道』でした」(P294)
確かに、書くことは自己救済になるのかもしれない。それは本書を書く最大の動機だろう。しかし、なぜ自己解決してしまったのか? 更生というのは、自分で道を切り開くと当時に、他者を適切に頼ることでもある。今、彼に必要なのは「信頼できる相手を見つけ、頼ること」ではないのだろうか?
殺害された小6男児の父親は元少年Aと直接には会っていない。産経新聞のインタビュー(14年11月11日)では、「謝罪して許されるかどうかは問題ではない。誠実に命をかけて謝り続ける行為こそが償いでしょう。それならば、遺族に届く『真摯な言葉』がないことはないだろう」と答えている。そんな中、本書の出版を報道で知った父親は怒りをあらわにする。元少年Aの出版という行動は、自己救済だったが、同時に遺族の怒りをかった。その意味では、まだ自己の快楽に溺れているのかもしれない。
(渋井哲也/ジャーナリスト)
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