“日本”が封印した反戦映画 ― 亀井文夫監督が挑んだ日本のタブーとは?
現在、ほとんどの商業映画が、映倫(映画倫理委員会)の審査を通過してから劇場で公開されている。だが、戦時中は強権を持つ内務省の検閲、敗戦後はGHQ(連合国軍総司令部)の検閲により、国策に反する作品の制作・上映は許可されなかった。その代表作が記録映画の巨匠・亀井文夫が監督した『戦ふ兵隊』(39年)と『日本の悲劇』(46年)であり、両作品は戦後数十年に渡って封印されていた。
1908年、現在の福島県南相馬市である原町で生を受けた亀井は、1929年にソビエト美術を学ぶためソ連に渡る。しかし、ソビエト映画を鑑賞後、強い感銘を受けた亀井は、レニングラード映画技術専門学校の聴講生となり、映画の道へと方向転換する。帰国した亀井は1933年に東宝の前身・写真化学研究所に入社し、1935年に『姿なき姿』で監督デビューを果たす。これは東京電燈(日本初の電力会社)50周年記念のPR作品だったが、北国での労働の過酷さを強調するために撮影した、作業員が雪崩で犠牲になるシーンを巡りスポンサーと揉める。デビュー作にして早くも、上から睨まれる作家性(笑)の片鱗が窺える。
そして日中戦争下の1939年、亀井は戦意高揚を期待する陸軍省の後援で『戦ふ兵隊』を制作。作品は自ら戦地に赴いた武漢での従軍記録で、ナレーションを用いず字幕を使用した手法に味がある。だが、体制に迎合しない亀井は、日の丸を振って万歳三唱するばかりが能じゃないと、戦争の悲惨さをリアルに描いてしまう。激しく炎上する敵国の農家、暗鬱な表情を浮かべ途方に暮れる老人や子供たち。そして置き去りにされ死んでいく病気の馬から道端に生えた野草まで、戦場に存在する敵も味方もないすべての生き物を公平に「記録」したのだ。
さらに、日本軍の優勢を伝えるでもなく、作品に登場する日本兵といえば、劣悪な衛生環境から腹を壊して唸っている者や、粗末な食事に文句を付けている者などであった。作品内で聞こえる大砲の轟音や銃撃音はすべて現実のもので、亀井は実弾が飛び交う中で撮り続けたのだが、「共産主義者による新しい形の反戦的芸術」、「『戦ふ兵隊』どころか『疲れた兵隊』だ」と軍部で問題視された。私は『進撃の巨人』序盤の調査兵団が戦闘から引き上げてくるシーンで、悲壮感漂う疲弊しきった兵士達を見るたび、この『戦ふ兵隊』を連想してしまう。亀井が命懸けで撮った作品は、無念にもネガは処分、上映も中止となってしまった。
ちなみに、東宝が自主的にお蔵入りさせたという説もある。幹部の作戦会議シーンは、実際の現場を映したものではなく、兵士たちにわざわざ演技してもらった。これは表面化すれば「軍人を役者代わりに使った」として制裁を免れず、戦意高揚に反する内容もあって検閲は通らないと判断したというのだ。
この作品の影響もあり、1941年に亀井は映画人として歴史上唯一、治安維持法違反で検挙され投獄、演出家の資格を一時抹消された。社会主義の反戦主義者というレッテルを貼られたのだ。
亀井は1年留置所に入れられ、釈放。しかし起訴猶予で保護観察されていた。その後、戦争は終わり、監督業に復帰。1946年には、満州事変から太平洋戦争までのニュース映像を編集して、日本の侵略行為と天皇の戦争責任を追及した復帰作『日本の悲劇』を公開した。しかし、この作品も上映中止に追い込まれてしまう。当初はGHQの検閲を通過して公開されたのだが、昭和天皇が軍服姿から背広姿にオーバーラップして変わる映像で戦争責任を表現したシーンがタブーに抵触したのか、激怒した吉田茂首相が米軍高官に訴え、GHQの再検閲でフィルムは没収、公開1週間後に上映許可が取り消された。
その後亀井は、「文化は暴力では破壊されない」と言い残して東宝を去り、50年代以降は記録映画専門のプロダクション・日本ドキュメントフィルムを立ち上げ、差別・反核・反戦などをテーマにした社会派ドキュメンタリーに取り組んでいく(1987年没)。
両作品は、その後フィルムが見つかりDVDが発売されるまでに至った。ただし1975年にポジフィルムが発見された『戦ふ兵隊』は、全編80分のうち現存する66分の編集版だ。しかしそれでも十分、亀井監督が作品に込めたテーマは伝わることだろう。
(文=天野ミチヒロ)
■天野ミチヒロ
1960年東京出身。UMA(未確認生物)研究家。キングギドラやガラモンなどをこよなく愛す昭和怪獣マニア。趣味は、怪獣フィギュアと絶滅映像作品の収集。総合格闘技道場「ファイト ネス」所属。著書に『放送禁止映像大全』(文春文庫)、『未確認生物学!』(メディアファクトリー)、『本当にいる世界の未知生物 (UMA)案内』(笠倉出版)など。新刊に、『蘇る封印映像』(宝島社)がある。
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