【哲学】現実は「水槽の中の脳」が見ている夢だった! デカルトとカントも唱えた「シミュレーション仮説」の真実性とは?

●現実は加工されている=カント

 カント哲学は難解な上、カント自身が認めているように“悪筆”極まりないので、カントの言葉はなるべく使わず、簡単に説明したい。カントによると、我々が見ている世界は、生のデータの寄せ集めではなく、生まれつき備わった鋳型で加工されたもの(=表象)にすぎないという。そのため、“本当の世界(物自体)”を我々が知ることはできない。だが、知ることはできないが“本当の世界”は存在するとカントは言う。なぜなら、未加工の生データがなければ加工もできないからだ。誤解を恐れずにいえば、我々が普段見ている現実と“本当の現実”の間にはズレがあるということだろう。このように、「シミュレーション仮説」と同型の議論がカント哲学でも展開されている。

■現実は1つしかない!

 カント哲学をイメージしやすくモデル化したものが、パトナムの「水槽の中の脳」だと考えることもできる。しかし、その帰結は両者で少々異なる。カントは“本当の世界”の存在を肯定したが、パトナムは「水槽の中の脳を見ることはできない」と考える。どういうことだろうか?

 我々の現実が全てコンピュータによるシミュレーションであるとしたら、たとえ「私の脳を見つけたぞ!これが私の現実だ!」と言ったところで、それは「シミュレーション」の中での発言であることをどこまでいっても否定し切れない。つまり、“仮想現実”と“本物の現実”を分けることはできないというのだ。もう少し噛み砕いて説明してみよう。

 クリストファー・ノーラン監督の映画『インセプション』では、「夢の中の夢」や「夢から覚めても、また夢」というように重層化された夢の世界が描かれている。この世界観を念頭におくと、パトナムの言っていることが理解し易い。つまり、「私の脳を見つけた(夢から覚めた)」としても、結局「シミュレーションの中にいる(また夢を見ている)」だけなのだ。

 以上、デカルトから『インセプション』まで横断しつつ「シミュレーション仮説」への哲学的アプローチを見てきた。ややもすると「シミュレーションの外(水槽の中の脳)」が実在すると主張しがちな科学者たちへの反論(?)のような結論になってしまったが、哲学と科学がそれだけ異なるアプローチをとっていることがご理解頂けたかと思う。

 どちらの立場もありうると筆者は考えるが、読者はどう思われただろうか?
(編集部)


参考:「Stanford Encyclopedia of Philosophy」、「Daily Mail」、ほか

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