9月3日、つまり今度の日曜だが、この日は埼玉のとある神社でヤバい祭が催される日だ。
ヤバい祭といえば、浅草の三社祭や川崎のかまなら祭などを思い出す読者はいるだろう。が、埼玉県久喜市にある鷲宮神社(わしのみやじんじゃ)の土師祭(はじさい)は、それらと全く異なるベクトルで、とにかくヤバい。マジ熱い。
その理由は、日本全国から(一部は海外からも!)アニメを激愛する者たち、いわゆる「アニオタ」が集結し、そのあふれんばかりの愛を爆発させる「萌えの祭典」だからだ。
公式ホームページより
■ありきたりな田舎町が『萌え』の聖地になったワケ
東京から電車でおよそ一時間。埼玉県の北東部に位置する久喜市に鷲宮神社はある。鷲宮は、もとは北葛飾郡鷲宮町という独立した町だったが、2010年3月に近隣の3市町と合併し久喜市となった。
鷲宮は、一言で言えば「ちょっと寂れた東京のベッドタウン」だ。目立った名産品も観光資源もない。あえて挙げれば関東最古の鷲宮神社の門前町であるくらいだが、地元の人にしか知られていない。そんな、良くも悪くも平凡なこの町が、いまやコミケシーズンの東京ビッグサイトや秋葉原と並び称される日本屈指のオタクスポットになった背景には、ある人気マンガの存在がある。
美水かがみの『らき☆すた』だ。
『らき☆すた」はオタクな女子高生4人の日常を描いた四コママンガ。KADOKAWAの月刊誌「コンプティーク」で2004年の連載開始以来、複数の雑誌で展開され、単行本は、2009年の段階で累計350万部超える大ヒットを記録した超人気作品である。
『らき☆すた』の設定では、主人公・柊姉妹の父親は鷹宮神社(たかのみやじんじゃ)の宮司を務めおり、姉妹は神社内に居住している設定になっている。この鷹宮神社のモデルが鷲宮神社であることを知った『らき☆すた』ファンたちは、2007年のアニメ化を契機に、いわゆる「聖地巡礼」のために鷲宮を訪れ始めた。
静かな町に突然起こったこのムーブメントに合わせるように、鷲宮では地元商工会が中心となってオリジナル商品の開発や多彩なイベント企画、ファンと住民が一緒になっての映画の製作など、様々なプロモーションを実施。柊姉妹に特別住民票を頒布するなどして、行政サイドもPRに力を入れた。古くからの地元企業、商店も積極的に協力し、突如として町外からやってきた「珍客」たちを受け入れた。
※映画「鷲宮☆物語 商工会の挑戦」(2010年)
その甲斐もあって、鷲宮は今や『らき☆すた』ファンだけでなく、アニメやマンガ、ゲームといったオタカルチャーの愛好者たちが日本全国から(海外からも)集る場所になったわけだ。休日ともなれば、お好みのキャラをプリントした痛車が走り、地元住民とアキバ系の若者たちが交流する「萌えの聖地」と呼ばれているという。
■アニメの放映後には初詣の参拝客がおよそ5倍に
『らき☆すた」が鷲宮に与えた影響は、初詣に鷲宮神社を訪れる参拝客数の変化に如実に表れている。
アニメ版の放映開始前、2007年には10万人を下回っていた正月三が日の参拝客が、2008年には約30万人と三倍増。2009年には42万人を記録し、2011年以降は47万人前後で定着しているという。『らき☆すた』ファンたちにとって、年末同時期に東京ビッグサイトで開催される冬コミ(冬のコミックマーケット)に行き、そこでしか買えない限定アイテムを手に入れてからそのまま鷲宮に流れて初詣をキメる、というのが大晦日の定番コースとなっている。
ここ数年、「地域創生」を大号令に、地域おこしがブームだ。しかし、そのほとんどは行政主導の「上からの」政策ゆえに空回りしているのが現状だ。
一方で、鷲宮の場合はベクトルが真逆。ユーザーオリエンテッドなレアケースである。アニメを活用したコンテンツツーリズムの先駆けであることからも、奈良県立大学の岡本健准教授の仕事を筆頭にメディア学、観光学の研究対象にもなっているのだ。