撮影:酒井透、小田部あけみ
近年、産業遺産や近代化遺産の価値が再認識されるようになってくるとともに、その注目度もグングン上がってきている軍艦島(長崎県長崎市端島)。最近は、テレビ番組でも取り上げられることが多くなり、同島を訪れる観光客の間に女性の姿が目立つようになった。現在、長崎港からは、4社が観光クルーズ船を運行している。
短期連載の1回目では、観光上陸することのできる島の東側にスポットを当ててみた。今回は、高層住宅群や映画館跡、神社・寺院跡、商店街跡などが残されている島の西側にスポットを当ててみたいと思う。
撮影:酒井透、小田部あけみ
まず、注目しておきたいのは、65号棟(通称・報国寮)や日給住宅(16~20号棟)、70号棟(端島小中学校)だ。軍艦島最大の建築物となっている65号棟の総戸数は、300戸以上で、上から見ると「コの字」型をしている。北側にある建物(旧棟)が建てられたのは、昭和20年(1945年)のことになる。物資の乏しい時代にこの建物が建てられたことは、軍艦島から産出される石炭(強粘結炭)が日本にとって重要な役割を担っていたことを物語っている。