【死刑囚の実像】「全部偽物の証拠ですわ」 ― 妻と娘を殺害した男の罪悪感なき態度とは?

――人を殺した人と会う。死刑囚の実像に迫るシリーズ【6】

 昨年3月、東京拘置所の面会室に、紺色のスウェット上下という姿で現れた伊能和夫(当時63歳)は、白い頭髪を短く刈った小柄な人物だった。報道で見た写真と印象が違ったが、それは伊能の健康状態が悪そうだったことによる。

 お互い椅子に腰かけて向かい合っても、伊能は宙を見たまま視線が定まらず、体をプルプルと震わせていた。顔はやせ、歯が何本も欠けており、眉毛も多くが抜け落ちていた。本人いわく、「パーキンソン病なんです……」とのことだが、何らかの重病を抱えているのは確かだと思えた。

【死刑囚の実像】「全部偽物の証拠ですわ」 ― 妻と娘を殺害した男の罪悪感なき態度とは?の画像1伊能の裁判が行われた東京地裁、高裁の庁舎

■事件概要/南青山マンション男性殺害事件

 09年11月、東京・南青山のマンションの一室で、住人の飲食店経営者の男性(同74歳)が首を刃物で切られ、死んでいるのが見つかった。翌年1月、警視庁が強盗殺人の容疑で検挙したのが伊能だった。伊能は88年に妻(同36歳)を刺殺し、部屋に放火して娘(同3歳)も焼死させた罪で懲役20年の刑に服しており、事件の半年前に出所したばかりだった。


■完全黙秘で無罪を主張

 09年5月に始まった裁判員裁判では、現在までに23人の被告に死刑が宣告されたが、伊能もそのひとりだ。二審で無期懲役に減刑されたが、今年2月に最高裁で終結した伊能の裁判は何かと社会の耳目を集めていた。

 というのも、裁判員裁判の死刑判決が破棄されたのはこれが初めて。しかも、そんな経緯に加え、伊能が無罪を主張しながら一、二審共に一言も言葉を発せず、完全黙秘したのだ。

 筆者が最初に面会に訪ねたのは二審が終わり、伊能が最高裁に上告中のころだった。最高裁は通常、審理を書面のみで行い、公判を開く場合も被告人に発言の機会を与えない。そこで伊能に直接、事件の真相を聞いてみようと思ったのだ。

 面会室での伊能はつぶやくような話し方をするため、声は聞き取りづらいが、意外と冗舌だった。まず、単刀直入に白か黒かを質すと、伊能は「全部やってないですから……自分は無罪ですから……」と言い切った。そして裁判への不満などを次々に口にした。

「裁判がメチャクチャなんで、最高裁では徹底的にやろうと思ってるんです……」
「自分は裁判で住所不明、無職にされましたが、住所も職業もちゃんとしています……」
「今は午前中に裁判に出すものを色々書いて、昼からは息子への手紙を書いています……」

 正直、こうした伊能の無罪主張や裁判批判はピンとこなかった。裁判では、現場室内から伊能の掌紋が見つかったとか、伊能の靴の底から被害者の血液が検出されたとか、有力な有罪証拠がいくつも示されていたからだ。

 また、息子に手紙を書いているという話も違和感を覚えた。伊能に息子がいるのは知っていたが、妻と娘を殺害した伊能が息子と良好な関係だとは思い難いためだ。

 ただ、伊能本人は本気で自分を無実だと思っているようにも感じられた。そこで、まずは手紙で事件の真相を教えてもらえないかと依頼すると、伊能は「1日に1枚か、2枚かなら……」と承諾してくれた。

――では、便せんと封筒を差し入れておきます。
伊能「お願いします……ついでに甘い物を……」
――甘い物? どんな物が好きですか?
伊能「柑橘類」
――わかりました。缶詰を差し入れておきます
伊能「あと、お金も少し……」
――……。
伊能「今、3千円しかないんで……」

 金銭の要求に心の中がモヤッとしたが、筆者は伊能に便せん、封筒と共にみかんの缶詰や現金2千円を差し入れた。しかしその後、待てど暮らせど、伊能から手紙が届くことはなかった。

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