――「怖い」とは?
西村 「美しいんだけど怖い」「神々しいんだけど怖い」といった、神秘的な恐怖でしたね。そのような感情は、日本独特だと思いました。その体験に感動し、岩手県の「鬼柳鬼剣舞」を皮切りに、全国各地の郷土芸能の現場に足を運ぶようになりました。
――明治神宮の暗闇で触れた「恐怖」を発端として、民俗芸能の写真集という構想が生まれたんですね。
西村 郷土民俗芸能を題材に撮影するカメラマンは少なくないのですが、多くの人はその祭事の様子を撮影しています。そうすると、芸能に携わる人々の生々しい姿を捉えることはできるのですが、僕があの場で感じた感情だけを伝えることができない。そのため、黒幕を背景にして、衣装を身につけた人々を撮影するということにしました。
――確かに、西村さんの写真は、土地や環境から切り離された民俗芸能そのものの力強さや美しさと同時に、どこか根源的な畏怖のような感情を掻き立てられます。ところで、民俗芸能というと「村社会」「閉鎖的」という先入観がありますが、取材は難しくなかったのでしょうか?
西村 ほとんどの祭事は閉鎖的ではなく、たくさんの人に自分の地域を訪れてほしいと思っています。集落の中で行っている行事なので、誰が何をやるのかまでみんな細かく知っている。だから、彼らにとっては、他の村や町から来た人が芸能を見に来て、輪の中に加わってくれることが一つの喜びでもあるのだと感じました。実際に撮影の交渉をしてみると、祭事当日にも関わらず、僕の熱意に答えて頂き、「5分なら」「10分なら」と快諾してくれたんです。
――『The Folk』には、北海道から沖縄まで全国各地で行われる49の祭で撮影された写真が掲載されていますが、数ある芸能の中からこれらを選んだのは理由があるのでしょうか?
西村 この本では民族学的な観点で撮影団体を選んでいません。それよりも、「天衝舞」(佐賀県)や「鷺舞」(島根県)のインパクトや、個人的な興味、そして小岩秀太郎さん(全日本郷土芸能協会)の話から芸能を選んで撮影に向かっています。今回の写真集を撮影するために、およそ3年ほどの時間を費やしています。