“3世代”にわたり奇形児が生まれ続けるベトナム戦争「枯葉剤」の悲劇写真10選! のっぺらぼう、顔面崩壊… 米国の残酷な戦争犯罪とは?

 枯葉剤作戦は、ベトナム戦争中の1962年から1971年にかけて行われたアメリカ軍の軍事作戦である。ベトコンが潜む森林を失わせ、同時に食料を絶つ目的でベトナム共和国の農村部一帯に推定1,200万ガロンもの枯葉剤を散布した。その中で、最も多く使われたのが「オレンジ剤」と呼ばれる枯葉剤だ。


■現在も被害が続く悲惨な「枯葉剤作戦」の影響

 ベトナムのホーチミンは、今でこそビジネスの発展が目覚ましいアジアの大都市であるが、わずか40年前は現地でまだベトナム戦争が行われており、「悲しい歴史を背負った町」という側面もある。中でも、戦時中に米軍が行った「枯葉剤作戦」が悲惨だった。

 当時の米軍は、ベトナムの自然環境破壊や食糧を奪う目的で、農村地帯に9年間も枯葉剤を撒き続けた。最も多く散布されたのが「オレンジ剤」と呼ばれる薬剤である。ベトナムの共産化を阻止する口実でアメリカは1965年から本格的に軍事介入したが、実際に現地でやっていたことは「むごい」の一言でしか表現できない、毒入り薬剤の散布――。

 その結果、50万人ものベトナム人が死や病気に苦しめられ、実はその被害は現在も残されており、被毒3世の子どもも身体障害を訴えている。過去の話として簡単に忘れ去るべき史実ではないため、今ここに掲載しておこうと思う。


・オレンジ剤の被害により目が無いまま生まれた子ども

3世代にわたり奇形児が生まれ続けるベトナム戦争「枯葉剤」の悲劇写真10選! のっぺらぼう、顔面崩壊… 米国の残酷な戦争犯罪とは?の画像1EWAO」の記事より

 彼はオレンジ剤被害者用の児童養護施設にいる。その施設には、こうした症状に悩まされている児童が、実に125名も収容されている。


・自分で入浴できない被毒者

3世代にわたり奇形児が生まれ続けるベトナム戦争「枯葉剤」の悲劇写真10選! のっぺらぼう、顔面崩壊… 米国の残酷な戦争犯罪とは?の画像2EWAO」の記事より

 オレンジ剤の影響に苦しむ母子。母親自身は健康を害さなくても、生んだ娘に影響が出てしまった例だ。被毒者である娘は一生、自分で体を洗えない。


・オレンジ剤の影響を受けた14歳少年

3世代にわたり奇形児が生まれ続けるベトナム戦争「枯葉剤」の悲劇写真10選! のっぺらぼう、顔面崩壊… 米国の残酷な戦争犯罪とは?の画像3EWAO」の記事より

 55歳の母親は、少年の動作の全てをサポートしなくてはならない。この体で、少年が自分で起き上がれるはずもない。どれくらい毒を撒けば、このように後世にわたって影響が出るものなのか? それを証明する写真がある。

プレスリリース入稿はこちら サイゾーパブリシティ