過激な描写で各国上映中止『殺しが静かにやって来る』のハチャメチャ度が凄い! 劇場で発砲事件も!?  

 そしてクライマックス。ポーリーンの仇であるロコ(クラウス・キンスキー)は保安官を殺し、賞金稼ぎ仲間と共に野盗団を人質にしてサイレンスを酒場に呼び出す。重傷を負った上、右手は焼かれて銃も撃てないサイレンスがフラフラとした足取りで酒場の玄関口に現れると、まず仲間の1人が左手を撃ち抜く。悲壮な顔をして膝から崩れるサイレンスに、次はロコが銃弾を2発ぶち込む。「え、ここから逆転できるの?」と不安な観客が見守る中「バタッ」とサイレンスは死ぬ。駆け寄るポーリーンもロコに撃ち殺され、野盗団も賞金稼ぎたちの一斉射撃で皆殺しにされオシマイ。

 絶体絶命から大逆転する主人公を期待していた観客が全員ズッコケた。パリの劇場では「悪人が勝つなんて!」と激昂した客が、スクリーンのキンスキーに銃を向けたか発砲したかで逮捕される騒動も起きた。生前コルブッチ監督はこの結末について、暗殺されたマルコムXと戦死したキューバ革命の英雄チェ・ゲバラに捧げたラストだと語っていたという。

 実はこのラストには幻のハッピーエンド・バージョンという映像が残されていて、サイレンスは焼かれた手に金属製の防具を装着し、死んだはずの保安官が助太刀に駆け付け、あっさりロコたちを全滅させる。「これからも町の平和のためによろしく」と言う保安官に、劇中で笑ったことがないサイレンスがニコーっと満面の笑みを浮かべてメデタシメデタシ。

 これに関しては諸説あり、ハッピーエンドの方が本来のラストだったが、主演のトランティニャンの意見で変えたという説。バッドエンドに米国プロデューサーが難色を示したので、わざとデタラメに撮り直し、「これなら元の方がマシ」と思わせるように仕向けたという説。監督が鬼籍に入った現在、真相は不明のままだ。荒野ではなく雪景色、フランス人俳優の主人公、自動式拳銃、黒人ヒロイン、バッドエンディング。これだけマカロニ・ウエスタンのお約束が揃わない作品は他になく、まさに最大の異色作だった。

 さて、観客に銃を向けられた名悪役クラウス・キンスキーは、公私でも大変な問題児だった。舞台公演のステージ上で政治的発言をし、観客に向かって暴言を吐き、撮影現場ではスタッフやロケ地の住民と揉める。本作でも監督自ら駅にキンスキーを迎えに行くと、酔って降車して酒瓶でスタッフに殴りかかる。監督が「やるならやってみろ! 病院送りにしてやる」と杖を突き付けると大人しくなったという。さらに酷いのはその性癖で、キンスキーは未成年との性交など小児性愛者であることを隠さずメディアで公表していたが……。この続きは次回のコラム、クラウスの娘ナスターシャ・キンスキーが出演している『悪魔の性キャサリン』(76年)で紹介しよう。

文=天野ミチヒロ

1960年東京出身。UMA(未確認生物)研究家。キングギドラやガラモンなどをこよなく愛す昭和怪獣マニア。趣味は、怪獣フィギュアと絶滅映像作品の収集。総合格闘技道場「ファイト ネス」所属。著書に『放送禁止映像大全』(文春文庫)、『未確認生物学!』(メディアファクトリー)、『本当にいる世界の未知生物 (UMA)案内』(笠倉出版)など。新刊に、『蘇る封印映像』(宝島社)がある。
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