“911の生存者”だと偽った女性は何を目論んでいたのか

 単なる名声欲なのか、あるいは過剰な同情心のなせる業なのか、“911”生存者団体を代表して脚光を浴びたものの後に偽装が発覚した女性はいったい何を目論んでいたのか――。

■911生存者、タニア・ヘッドとは?

 2001年9月11日の朝、28歳のスペイン人女性、タニア・ヘッドは米ニューヨーク・マンハッタンのワールドトレードセンター・サウスタワー78階にいたと話す。

 そして8時46分にノースタワーにアメリカン航空11便が衝突し、続いて9時3分に彼女のいるサウスタワーにユナイテッド航空175便が体当たりした。

 身体のあちこちに打撲症と火傷を負いながら必死に災禍を逃れた彼女はその後記憶が途絶え、6日後に火傷患者専用の病院で目覚めたと語る。そして彼女は当時ノースタワーにいたパートナーがこの事件で死亡したと知らされたのだ。

 彼女はテロ攻撃から生き残った者の一人となり、自分の話をメディアに伝え、「ワールドトレードセンター生存者ネットワーク」と呼ばれるグループに参加した。

「Howandwhys」の記事より

 ネットワークの活動においてタニアは資料を準備したり、募金活動を主催したり、会議の議題を作成したり、さらには私財を投げ打って専門のトラウマ治療の専門家に資金提供したりするなど献身的に取り組んだ。

 そうした働きぶりが認められ、タニアは活動を通じて生存者ネットワークのリーダーになり、世界中のメディアの注目を集めることになった。

 しかしタニアの話がメディアで紹介される機会が増えるにつれ、その話の細部に一部の生存者が疑惑を抱いた。

 生存者の一人は、腕の怪我が火傷と一致しないと指摘し、別の者はなぜ周囲の身近な友人知人を支援セッションに呼ばないのか疑問を感じたという。

 彼女は映画監督に自分たちについての映画を作ってもらいたいと考え、監督のカメラの前で自分の話を詳しく語った。

 しかしこれが大きな転機となった。2012年、タニア・ヘッドに焦点を当てたドキュメンタリー『The Woman Who Wasn’t There(彼女はそこにいなかった)』が公開された。このドキュメンタリーは、タニアがいかにして名声を獲得したか、彼女の捏造された物語の暴露、彼女の友人たちの反応をとりあげて「タニア・ヘッドとは誰なのか?」という疑問を解明しようとする内容だ。

画像は「YouTube」より

■真意と動機は謎のまま

「ニューヨーク・タイムズ」が彼女の話を注意深く検証した結果、その話は嘘であることが確認された。同紙はタニアはワールドトレードセンターに勤務しておらず、テロの日にはアメリカにさえいなかったことを突き止めたのだ。

 タニア・ヘッドの本名はアリシア・エステベ・ヘッドで、スペイン出身の彼女は事件が起きた時はバルセロナのESADEビジネススクールで学んでいたのだった。アリシア(タニア)はスペインの裕福な家庭に生まれ、マヨルカ島で何自由なく育った人物であった。

 ノースタワーにいて亡くなったパートナーはもちろん実在の人物であったが、故人を知る者はアリシアのことについては何も知らないと証言した。

画像は「YouTube」より

 人々がアリシアの自作自演を知ったとき、生存者たちの多くは衝撃を受け動揺した。ある者はたとえ彼女の支援が嘘に基づいていたとしても、彼女が自分たちを助けてくれた事実を無視することはできないと語った。嘘が暴露されても、アリシアへの支持を止めない生存者は少なくなかったのである。アリシアの精力的な働きぶりなくして今日の生存者ネットワークは存在していなかったというのだ。

 アリシア、あるいはタニアはこの暴露の後、世間の目から姿を消した。スペインの「エル・パイス」紙は、彼女が今もバルセロナの自宅に住んでいると報じたが、これが真実かどうかは確認されていない。

 英「インディペンデント」紙はSNS「LinkedIn」で彼女のものと思われるプロフィールを見つけた。それによると、彼女は今もESADEビジネススクールに在籍し、ニューヨークに住んでいるという。しかし同紙が同校に彼女について尋ねたところ返答はなかった。彼女は今どこにいるのだろうか。そして“タニア・ヘッド”の真意と動機は何だったのか。彼女の背後に首謀者がいたという“陰謀論”はこの場合は考え難いかもしれない。

参考:「Howandwhys」ほか

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文=仲田しんじ

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター @nakata66shinji

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